アルスト「てめぇこの、クマン!
リンを吐き出せって言ってんだろが!」
まだアルストは棒で何度もクマンを打ちつけていた。
だが、あらゆる場所を、熊の急所と言われている額も何度も打ち付けたが、全く効果が無い。
クマン「さっきから何クマ?
お前らをいじめるのも楽しいけど、もう腹が減ってそれどころじゃないクマ」
自分より遥かに弱いアルストとサラの2人の事を、もはやアリか石とでも思っているのであろう。
敵と思えるものが居なくなり、野生動物よろしく食欲に囚われたクマンは、棒で殴られても平然として辺りを見回し食べられるものを探している。
サラ「アルスト離れて!」
サラがそれを好機と見て完全な死角に回り込み、渾身の一撃を放つ。
背の辺りに向けて振り下ろされたその剣は、皮膚のあまりの丈夫さにまたしても途中で止められはしたが、
多少なりとも背を切り裂き、ついにクマンにダメージを与えた。
クマン「グア!痛いクマ!
・・・もう怒ったクマ!
食べにくそうだけどお前らも食ってやるクマー!」
突如として背に走った痛みに驚きながらも、牙をむき出しにして怒り、サラを睨み付けるクマン。
そして、サラはクマンの怒りの形相にではなく、勝ち目が無くなってしまった事に恐怖していた。
今の攻撃は今までのものとは種類が違う。
自分自身で完璧と思える剣筋で、一撃必殺の力を込め振り下ろした、まさに渾身の一撃であった。
それなのに倒せないどころか、あの程度の傷しか与えられないのならば、本気になったクマンへ致命傷を与える事など不可能だろう。
そしてそれは、リンを失うという事にも直結していた。
運良く彼女が丸呑みにされていて、まだクマンの腹の中で生きていたとしても、このままでは助け出す事ができない。
失うかもしれない、もう失われているかもしれない。
そう思ったとき、色々な街を嬉しそうに楽しそうに歩くリンの姿が頭の中に浮かび上がってきた。
浮かび上がったその姿が、サラに身をすくませるほどの恐怖を与えたのだ。
そして、クマンは右前足を大きく振りかぶって反動をつけ、丸太のようなその前足をそのままサラに向かい振り払ってきた。
普段ならば簡単に避けられるようなこの程度の攻撃でさえ、恐怖に震える今の彼女は避けられなかったのだった。
サラが殴り飛ばされたのを見たアルストは、追撃をしようとしているクマンへと走った。
大声を上げてクマンの気をサラからそらすと、こちらを見たクマンの頭へと棒を振り下ろす。
・・・それが通用しない事はもう分かっていた。
アルスト「大丈夫かサラ!」
クマンの反撃を何とか避けながらサラの様子を伺と、彼女はうつぶせに倒れダメージで重くなってしまった体を起こそうとしてた。
返事は無いが何とか大丈夫のようだと思い、アルストがホッとしたのもつかの間、凶悪な爪と牙は何度も何度も襲い掛かってくる。
その攻撃は一撃一撃避けるごとに激しさを増し、距離をとって体勢を立て直す事すら出来なくなっていった。
そしてついに、するどい爪で引き裂かれる事はなかったが、アルストも横へはたくような攻撃を受け、弾き飛ばされてしまった。
その衝撃の強さを物語るかのように、彼は1回転2回転と大地を転がった。
アルスト「く、クソ・・・!
剣さえあればこんな奴!
そうだ、サラ!剣を貸せ!こっちへ投げろ!」
サラですら一撃で参ってしまうほどの攻撃を受けても、アルストはすぐさま立ち上がってサラに言った。
クマン「しぶといクマ!
弱いくせになんで死なないクマ!」
アルスト「俺は最強だから死なないんだ!
今それを証明してやるからちょっと待ってろ!
おい、サラ!剣だ!」
何度も呼びかけられたサラであったが、まだ剣を投げられるほど力が戻っていない様子で、アルストの声に応える事が出来ずによろよろと立ち上がっただけだった。
サラに向かって手を突き出していたアルストに飛び掛り、クマンはさらに攻撃を加える。
幾度となく殴り飛ばされ蹴り飛ばされても、アルストは立ち上がり、あるいは反撃しようと棒を構え、あるいはサラに向かって剣をよこせと声を上げた。
もはやそれは絶望的な光景であった。
そしてそれに耐えかねたサラが悲鳴にも似た声を上げる。
サラ「も・・・もういいわ!
アルスト、あんただけでも逃げて!」
いくらアルストがタフであっても、こんな事を続けていては殺されるだけだ。
それに自分より弱い彼がいくらがんばったところでどうする事もできないだろう、もはや手は残されていないとサラが上げた悲痛な叫びに、アルストが言葉で応えた。
アルスト「誰が逃げるか!
俺は英雄だぞ!お前を置いて逃げるなんて英雄のすることじゃない!
剣さえあればこんな奴2秒で・グハッ!」
喋るアルストを蹴り上げて、クマンが言った。
クマン「なんてしぶとさだクマ・・・!こっちが先に疲れてしまったクマよ。
でもこれだけやれば終わったクマ?」
普通なら死んでいてもおかしくないほど執拗な攻撃を受け、アルストは地に這いつくばった。
だが、それでも彼はフラフラと立ち上がり棒を構える。
クマン「な、なんで立ち上がれるクマ!?」
サラ「そのまま逃げて!
まだ走れるんでしょ!?」
そして、驚くクマンを無視し、その向こう側に居るサラに向かって、未だに衰えぬ根拠の無い自信を胸にアルストが言った。
アルスト「な、何度でも言ってやろう・・・
俺は最強の英雄だ!
俺が英雄である限り、逃げる事なんて絶対にしない!」
そして、その少し前。アルスト達の戦っている所の近くの木の上で――
まるでリンのように体の小さな女が、うずくまり頭を抱えて震えていた。
そこへ甲高い謎の声が聞こえる。
声「もう大丈夫でヤンスよ?
危ないところだったでゴワスね」
混沌とした語尾をつけて話す声に、小さな女が気づいて顔を上げた。
小さな女「誰?
・・・あ、あれ?
私・・・死んじゃったんじゃ・・・?」
声「間一髪だったでゴザル。
もうちょっと遅かったら、今頃あのクマの腹の中だったザンス」
小さな女「あなたが助けてくれたんですか?
でも、どこに居るの?誰なの・・・?」
小さな女は姿の見えない声の主を探して辺りを見回した。
そして・・・
声「ここッス」
と聞こえたとき、小さな女はようやく声の出所を突き止めた。
そこには、直径3cmくらいの小さな蜘蛛が居た。
小さな女「えぇー!?あなたが!?
ま、また新種ですか!?」
蜘蛛悟郎「・・・新種じゃないザマス。
オレっちの名前は蜘蛛悟郎。
ハエ取り蜘蛛で、クモ・チャンピョンでごぜぇますだ」
小さな女「ク、クモ・チャンピョン?
クモのチャンピオンのことですか?
それに、その方言はいったいどこの?」
蜘蛛悟郎「クモの、『チャンピョン』でゴザル。
この言葉遣いはクモの標準語でゴンス」
小さな女「そ、そうですか・・・
助けてくれてどうもありがとうございます。私の名前は――」
そう言って小さな女が名前を名乗ろうとしたとき、女の悲鳴が響き渡った。
驚いて悲鳴のする方を見ると、サラが殴り飛ばされアルストが大声を上げてクマンに棒を振り下ろしたところであった。
小さな女「そ、そんな・・・あのサラさんが・・・!
お願いします蜘蛛悟郎さん!
私を助けてくれたのなら、あの2人も!」
蜘蛛悟郎「そ、それは無理ぞなもし・・・
あの人達は大きすぎて運べないべや」
小さな女「そんな・・・どうすればいいの・・・」
小さな女がどうする事も出来ずに見守る中、アルストはクマンに何度も殴られ、その度に地を転がった。
何度も何度も殴り飛ばされるアルスト、そして剣を支えに立ち上がろうとしては途中で力尽きて膝をつくサラを見て、
小さな女は涙を浮かべながら言った。
小さな女「も、もう見てられない!
私を降ろしてください!」
クマンがボールで遊ぶかのような一方的な戦いを見せ付けられ、いても立ってもいられなくなった小さな女は、自分も木の下に降りて戦うと言い出した。
蜘蛛悟郎「無茶でゴワス!
君のような子が行ったって、どうする事もできないナリよ!」
小さな女「このまま見てるだけなんて嫌です!
すぐにやられちゃったっていい、私も戦う!
だって、だって私も・・・
降ろしてくれないんなら自分で降ります」
涙をぬぐい、強い意志のこもった声でそういうと、小さな女は木の幹を伝って降りようと歩き出した。
そこへ、後ろから声がかかる。
蜘蛛悟郎「ま、待って・・・止まれクマー!」
その声にビクッと肩を緊張させて、「クマン!?」と驚きの声を上げて小さな女は振り向いた。
蜘蛛悟郎「クマン?オイは蜘蛛悟郎ザンスねんけど・・・
・・・どうしても、戦うというんスね?」
小さな女「戦います。
私はどうなったって構いません」
蜘蛛悟郎「なら一つだけ、危険だけど強くなる方法があるウホッ」
小さな女「!!
ほ、本当ですか!?」
蜘蛛悟郎「でも、それに耐えられなかったら君は死んでしまうザマスよ?」
小さな女「・・・・!
か、構いません!
私も・・・・
私もサラさんみたいに強くなりたい!アルストさんみたいに不死身っぽくなりたいです!」
蜘蛛悟郎「・・・わかったでゴザル」
蜘蛛悟郎はそう言うと、意識を集中し張り詰めた空気で周囲を包み込んだ。
クモであるためよく分からないが、そんな気がした。
そして・・・
――――――――――
クマン「な、何が英雄クマ!?弱くて全然英雄っぽくないクマ!
もういいクマ!
お前は後回しにして、あの女からとどめをさすクマ!」
クマンはアルストの信じられないほどのタフさに嫌気がさして狙いをサラに変えた。
アルスト「馬鹿やめろ!」
サラに向かって4本足で走り出したクマンをアルストは追いかけようとした。
だが・・・
サラ「いいから、早く逃げて!」
サラは自分の事は放って逃げろとアルストに言った。しかしアルストはそんな事は出来ないと構わず走る。
そして、もうダメかと思われたその時、誰かの声が周囲に響き渡った。
???「そこまでよ!!」
それはこの辺り一帯のどこに居ても、ハッキリと聞き取れるのではないかと思うくらいに、透き通った声であった。
突如として響いた声に驚いて、クマンは攻撃を止め周囲を見回し言った。
クマン「だ、誰クマ!?
名を名乗れクマ!」
するとその透き通った声は、少し戸惑って誰かと相談でもしているかのように答えた。
???「えぇ!?な、名前!?
ど、どうしよう・・・名前・・・でも・・・
・・・そ、そうね!
わ、私の名前はスパイダー・リン!
シロディールの平和を守る正義のヒーローよ!
悪い事をする新種の熊さんのクマン!
これ以上サラさんとアルストさんをいじめるのはおやめなさい!」
その言葉に一番驚いたのは、なぜかアルストであった。
アルスト「スパイダー・リンだと!?
な、なぜ俺の名を知っている!?
もうそんなに有名なのか!?」
スパイダー・リンと名乗った声は、さらに焦った様子で答えた。
スパイダー・リン「あっ・・・あの・・・その・・・別に有名ってわけじゃ・・・
ど、どうしよ、つ、つい・・・
・・・そ、そうよね!
正義のヒーローは何でもお見通しなのよ!」
アルスト「なるほどな・・・!!」
そしてまだスパイダー・リンの姿を見つける事が出来ないクマンは怒りの声で言った。
クマン「いい加減に出てくるクマ!
正義のヒーローのくせに姿を現さないなんて行儀が悪いクマ!」
アルスト「そういえばこっちには居ないな。
おい、サラ。そっちに居るか?」
サラ「い、居ないわ・・・どこにいるんだろ」
そう言って戦いを中断し、なぜかアルストとサラとクマンは協力し、スパイダー・リンを探した。
居ない見えないなどと言い、2人と1匹が探していると、ついにスパイダー・リンがキレた。
スパイダー・リン「ここです!!!」
そこには、まるでリンのように小さな女が立っていた。
スパイダー・リンを見つけると、2人と1匹は元の配置に歩いて戻って行った。
サラ「ま、まるでリンさんみたいね・・・」
アルスト「そうだ!こんな事をしている場合じゃない!
リンを助けなければ!
スパイダー・リン、小さなお前に頼むのもなんだが、ちょっと手伝ってくれ!」
棒を構えなおしたアルストがそう叫んだ。
スパイダー・リン「安心してアルストさん!
リンさんなら私が助けて、今安全な場所に避難しているわ!」
クマン「食べた気がしないと思ったらそう言うことだったクマね!
俺の邪魔をするなんてゆるせないクマ!」
そしてもう一度ポーズを決めると、クマンに向かってスパイダー・リンが叫んだ。
スパイダー・リン「それはこっちの台詞です!
クマン、あなたはもう許しません!
みんなを困らせる悪い人は、クモと一緒におしおきよ!」
熊が人でないのは明らかであったが、自信に満ち溢れた声で決め台詞を言った正体不明のヒーローであった。