スパイダー・リンは決め台詞を言うと、今にもサラにとどめをさそうとしているクマンへ向かって走り出した。

 アルスト「おい待て!
  いくらヒーローだからってお前の小ささじゃ正面からは無理だ!」

そんなアルストの制止を振り切って、クマンへ向かいジャンプするスパイダー・リン。
そして勢いもそのままにクマンの顔を蹴り上げた。

 クマン「クマー!」

小さい見かけに油断していたクマンに飛び蹴りが直撃し、鋭い音が鳴ったかと思うと、
その巨体が後方へと激しく上下に回転しながら10mほども吹き飛んだ。

 サラ「す、凄い!
  これが・・・これが正義のヒーローの力なのね!」

夜空に浮かぶ星々のように目を煌かせながらスパイダー・リンを見るサラとは対照的に、またしてもアルストは驚いていた。

 アルスト「馬鹿な!ありえない・・・!
  マジ力を使わなければ、力学的に考えて今のはありえないだろ・・・!
  あんな小さな体でクマンを吹き飛ばすほどの攻撃を空中で繰り出したんなら、自分もちょっと後ろへ吹き飛ばされる筈だ!
  なのにスパイダー・リンはビクともしていない、これはどういうことなんだ!」

マジ力(まじりょく)を使う、という事はこの世界では魔法を使うという事に相当する。

確かに魔法を使えばそのような事は簡単だろう。
しかし、スパイダー・リンからマジ力を使ったような気配は感じられず、ただ普通に飛び蹴りを食らわせただけだったのだ。

飛び蹴りを放った体勢から、クルリと1回転し着地した彼女は、アルストの言葉に一切言い返すことの出来ぬ正論をもってして答えた。

 スパイダー・リン「正義のヒーローの行動には、細かい理屈は通用しないのよ!
  困っている人を助ける、その為にならどんな難しい事だってやり遂げてみせる。
  それが!
  スパイダー・リンなの!」

 アルスト「!!!!11!!!1!」

ポーズを決めながら言われた言葉にアルストは目から鱗が落ちたように固まった。

そして蹴り飛ばされたクマンはよろよろと体を起こし、勝ち誇った様子のスパイダー・リンを睨み付けた。

 クマン「な、なかなかやるクマね!
  こうなったら必殺技で蹴散らしてやるクマ!
  これが見切れるクマ!?
  分身の術!」

今までアルストとサラの攻撃では全くひるまなかったクマンであったが、スパイダー・リンの一撃で相当のダメージを受けた様子で、
このままではまずいと思ったのか、ついに必殺技を繰り出してきた。

それは何者かの力によって至高の域にまで高められたクマンのスピードを活かし、まるで分身でもしたかに見えるほどの凄まじい攻撃であった。

しかし・・・

 スパイダー・リン「!!
  そんな攻撃、この私には通用しません!
  そこね!」

スパイダー・リンは分身の中の一体に狙いすまして攻撃した。

 クマン「ガァァウ!」

その攻撃は見事にクマンを捉え、あの巨体をまたしても後方へと殴り飛ばす。

 クマン「な、なぜ!?なぜ分かったクマ!?」

 スパイダー・リン「・・・・
  ・・・・・・・・・・・・
  心頭を滅却すれば・・・火もまた涼し!」

多分、心眼がどうのと言いたかったであろうスパイダー・リンは、ついにその言葉が浮かばず、適当に言った。

 クマン「そ、そんな・・・そんな破り方があったクマ!?」

彼女は心眼も何も使わず何も考えず、ただ普通に攻撃しただけだったが、この手の攻撃を破るのは実は簡単であった。
なぜなら本当の分身ではなく、残像を見せているにすぎないからだ。

この分身を作り出すには、その場に少し止まってから、目にも止まらぬ速さで次の場所へ移動してまた少し静止する。
その繰り返しをして沢山の残像を作り、分身しているように見せているのだ。
さらに、動いているようにも見せているため、分身のどれかに適当に攻撃しても、クマンはその場所へ勝手に戻ってくるので攻撃が当たるのである。

もちろん熟練の者ならば攻撃された場所には戻って来ないため、あたかも攻撃された分身は消えるように見えるのだが、
クマンはつい先ほど力を授かったばかりで、そんな事はまだ出来ない。

 クマン「うぅぅ・・・す、凄い攻撃力だクマ・・・このままじゃやられてしまうクマ・・・
  でも力をくれたあの方と約束したんだクマ!
  負けるわけにはいかないクマ!」

 スパイダー・リン「あの方?
  約束って・・・クマン、あなたは頼まれてこんな事を?」

次の瞬間、クマンは今までで最速の突進を見せた。
体に空気摩擦から生まれた炎がまとわりつくほどのスピードでスパイダー・リンへと迫る。

スパイダー・リンはクマンの言葉に気を取られ反応が遅れてしまい、スピードの乗った攻撃をまともに受け、
体が小さく軽いためか派手に吹き飛ばされて地面をすべるように転がり、倒れた。

 アルスト「野郎、何て速さだ!
  おい!しっかりしろ!」

 サラ「大丈夫!?スパイダー・リン!」

心配そうに見つめるアルストとサラに大丈夫だと応えるように立ち上がり、身構えるスパイダー・リン。
彼女も相当にタフらしく、凄まじかった先ほどの攻撃を受けても深刻なダメージを受けるには至っていないようだ。

 クマン「今のを耐えたのは誉めてやるクマ!
  でもこれでとどめだクマー!」

立ち上がって間もないスパイダー・リンに向けて、またもや残像の分身で攻撃をするクマン。

 スパイダー・リン「・・・!
  それなら、こっちも必殺技です!」

完全にとどめをさしに来ていたクマンに対しては、もはや自分も最高の攻撃をするしかないと考えたのだろう。
スパイダー・リンが低く構えた直後、その姿は忽然とその場から消えさった。

 クマン「く、クマ!?どこいったクマ!」

と、目標を見失い分身の術を解き、立ち尽くすクマンの足元に彼女は現れた。

信じられないスピードで移動したため、消えたように見えただけのようだ。

 スパイダー・リン「クマン覚悟!
  必殺!スパイダー・パーンチ!!」

スパイダー・パンチとは。
彼女の身体能力により、極限まで高められたスピードとパワーの込められた、ただのパンチである。

この世に基本のいらぬ応用はなく、素手での基本攻撃であるパンチが最強の威力であるならば、その応用の技を使用する意味はない。
故に、このスパイダー・パンチこそがスパイダー・リン最強の必殺技なのである。

 クマン「クマアアアアアアァァァァァ・・・・」

スパイダー・パンチを受けたクマンは、弾かれたように猛スピードで転がっていき、グッタリとその巨体を横たえた。

 スパイダー・リン「・・・・・・」

 アルスト「終わったか?」

アルストと回復魔法を施されたサラは2人でスパイダー・リンの元へと駆け寄った。

そして3人がクマンの元へ歩み寄ると、まだクマンは生きており、とどめをさせと言い始めた。

 クマン「ク、クマ・・・
  とどめを、さすクマ・・・スパイダー・リン」

スパイダー・リンは一歩踏み出し、言った。

 スパイダー・リン「・・・・
  聞きたい事があります。
  あなたはさっき、あの方と約束を
したと言っていましたよね。
  あれは一体どういう事ですか?」

 クマン「約束クマ?
  そんな事ならいくらでも教えてやるクマ。
  あれは・・・俺がさっき森を歩いていたときクマ・・・
  変な仮面をかぶったクマ語を話せる人間がやってきて、いきなりこう言ってきたクマ。
  アンヴィルを壊すのなら力をやる、と。
  俺はもともと熊の落ちこぼれだったクマ、みんなを見返せるような力が欲しかったクマ・・・
  そんなに簡単に力が手に入るなら、そう思って約束したクマ。
  もちろんそんな事信じてたわけじゃなかったクマ、ちょっと試しにと思っただけだったクマよ。
  そしたら本当に強くなって、クマ語以外も話せるようになったクマ・・・」

 スパイダー・リン「なぜアンヴィルを!?
  その人は一体誰なんですか!」

 クマン「タランチュラ・何とかって言ってたクマ」

そこへ興奮した様子のサラが言った。

 サラ「タランチュラ・ナントカ!
  悪の親玉に間違いないわ!」

 クマン「そ、そうじゃないクマ。
  タランチュラ・何とかの何とかの部分は忘れてしまっただけクマ」

 サラ「そ、そういうことなのね・・・」

 スパイダー・リン「タランチュラ・・・なぜアンヴィルを・・・!
  それに、いったいどうやってそんな力を与えて・・・
  ま、まさか!」

そう言ってクモゴロウと同じではないかなどと、スパイダー・リンは独り言を言い出した。

それを見てアルストはクマンの側へと歩み出て言った。

 アルスト「なんか知ってるのか?
  ・・・まぁ俺にとってはタランチュラとかそんな事はどうでもいい。
  コイツにとどめを・・・」

 スパイダー・リン「ま、待ってください!
  クマン、あなたはまだアンヴィルを襲うつもりですか?」

スパイダー・リンの問いにクマンは目を伏せて答えた。

 クマン「約束は、約束だクマ・・・
  俺はもう力を貰ったから、約束を守らないとならないクマ」

 スパイダー・リン「そんな・・・
  だったら・・・だったら今度は私と約束をしてください。
  もうみんなを困らせるような事はしないって」

その言葉に伏せていた目を見開いてクマンは驚いた。

 クマン「クマ!?
  そんな約束したらあの方との約束が守れなくなるクマ!」

 スパイダー・リン「それでいいんです。
  その人はきっと悪い人です。あなたを利用しようとしてそんな約束をしたに違いありません。
  だからそんな約束は忘れて、みんなを困らせないように普通の熊として生きていってください。
  そうしてくれれば、私はあなたを・・・」

 クマン「本当にそれで許してくれるクマ?スパイダー・リン?
  ・・・ありがとう、ありがとうクマ!
  あの方には感謝してるクマ・・・でも本当はアンヴィルを襲うのは怖くて嫌だったクマ!
  嬉しいクマー!
  もうみんなをいじめるような事は絶対にしないクマよ!」

許してくれるのかという問いにスパイダー・リンが頷くと、クマンは顔を上げて喜びの声を上げた。

 スパイダー・リン「よかった!これで一件落着ね!
  さぁアルストさん!」

サラに使ったような回復魔法をクマンにも施してやってくれ、という意味でスパイダー・リンは彼を促した。

 アルスト「うむ。
  やはり最後はこの俺が決めるという事だな。
  ハハァーッハッハハハ!
  クマン!世界を統べるこの俺にとどめをさされる事を光栄に思いながら死ね!」

そしてアルストは棒を構えた。

 クマン「クマアアアア!助けてクマー!」

 スパイダー・リン「えぇ!?ち、違います!
  回復魔法でクマンを・・・!」

 アルスト「やだ。
  だってコイツは俺を殴りやがったんだぞ?
  それにもうマジ力も無いしな。
  と言う事だクマン!この俺に逆らった自分自身の無策を呪うんだなああああっははっははははああ!!」

無情にも振り下ろされる棒を止めようと、スパイダー・リンは今までで一番早く動いた。
だが、そんな彼女の後方から、さらに早い疾風が吹き抜けた。

 スパイダー・リン「え?」

その疾風は彼女の髪を強くなびかせてアルストの方へと向かった。そして・・・

 サラ「この、最低野郎ー!」

という怒号と共にアルストは顔面に疾風のパンチを受けて、飛ばされた。
その疾風の正体は怒りに狂う暴風のサラだったのだ。

 クマン「お、俺と戦った時は手加減してたのかクマ!?」

 スパイダー・リン「さすがサラさん・・・!」

アルストが斜めに地面を抉りながら埋まり、這い出てこないのを確認するとサラは言った。

 サラ「回復魔法なら私も少しだけ使えるわ。
  それにしても・・・アルストに教育的指導をする時は体が凄く軽くなる気がする・・・なんでだろう・・・」

 

サラがクマンの手当てをし終えると、スパイダー・リンの姿はいつの間にやら無くなっていた。

そして礼を言いながら去って行くクマンを見送り、さてどうしようかと思っていると、
スパイダー・リンに助けられて安全な場所へと避難していたリンが手を振りながら走ってきた。

 リン「サラさーん」

元気そうなその姿を見て、サラはホッと胸を撫で下ろした。

 サラ「リンさん!無事でよかった」

そしてその背後から、穴から這い出てきた瀕死のアルストが声をかけた。

 アルスト「・・・うむ。リンよ、よく無事だったな。
  今回の戦いでみんな疲れただろう?俺は死にそうだ。
  アンヴィルへ行く前に天空の城へ帰ろう。
  ここからならワープ装置の遺跡に近いからな」

 サラ「・・・・・・
  まぁいいわ。長く留守にしてたからエールの事が心配だし、リンさんの事も紹介したいしね」

 リン「つ、ついに便利屋さんの本拠地に行くんですね!?
  あぁ・・緊張してきました」

 サラ「緊張しなくても大丈夫。
  居るのはエールっていう子と、スケルトンと幽霊だけだから」

 リン「お化け屋敷ですか!?」

 

――そして、そこから離れた木の影に隠れ、アルスト達の様子を伺っていた男女は・・・

 「ぬぅぅ・・!
  まさか、あのスパイダー・リンという格好いいヒーローは・・・!」

 「きっとそうよ!
  誰も気づけないくらいに見事に変身しているけど、私たちには分かるわ!」

 「なんと・・・立派に育ったのだ・・・」

そういうと男は感動からか泣き始めた。
その様子を見て、女はポケットから何かを出して男に見せながら言った。

 「あなた・・・これを」

 「こ、この指輪は!
  封印していたはずでは!?」

 「こんなこともあろうかと、あの子が20歳になった時に持ち出していたの。
  それに、本当に何かあるまでただ見ているわけにはいかないでしょう?」

 「君の落ち着きはそこから来ていたのか!
  しかし・・・あれから30年近くか・・・ずいぶん長いこと廃業していたが・・・」

 「また始めましょうあなた!
  今のシロディールは皇帝が暗殺されてしまって不安定な状態だわ。
  それに、きっとスパイダー・リンだけではどうにもならない敵が現れるはず」

女の言葉に頷いて、男は指輪の一つを受け取りながら言った。

 「そうだな・・・
  ではまた始めるとしよう、シロディールを守る戦いを!2人で!」

 「うふふ。あなた、スパイダー・リンを忘れているわ」

 「おお、私とした事が・・・頼もしい味方の事を忘れていた・・・!
  3人で守ろう!我々の愛するシロディールの平和を!」

そして謎の男女はアルスト達とは逆方向へと楽しそうに話しながら去っていくのだった。

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