ゴブリンマン「スパイダー・リン!・・・って誰ゴブ?」

モンスターのゴブリンマンはスパイダー・リンの事を知らなかったのであろう、自分の足元に倒れていたガードに問いかけた。

 ガード3「ディベラにかけて!お前モグリだろ!
  スパイダー・リンは、今一番有名なヒーローだぞ!」

ディベラとは、九大神の一人で美の女神の名前である。
美しいものやそれに関する精神的なもの全てを司っているが、その解釈の仕方は様々で、現在12余りの派生カルトを有する。
女性のためのもの、芸術家や美を愛する者たちのためのもの、中には性的な、つまりエロエロな教義をもつカルトもあるらしい。最高である。ぜひ入りたい。
アンヴィルの礼拝堂には彼女が祭られており、恋愛成就にもご利益があるためか、参拝者は多い。

 ゴブリンマン「モグリじゃないゴブ!ちょっとモンスターだっただけゴブ!
  で?いったいどこに居るゴブ、スパイダー・リン!」

ゴブリンマンはスパイダー・リンの姿が見えない事で、まだ彼女はヒーロー的な登場シーンをやっていないのでは、と思いそれを促した。

 スパイダー・リン「ここです!!」

この言葉を受けて、ゴブリンマン、ガード達、見物していた住民達は、派手なエフェクト盛り沢山の登場シーンを期待して辺りを見回した。

・・・・・・

が、いつまで経っても登場シーンは始まらない。

スパイダー・リンの声は幾度と無く、ここです、ここに居ます、などと叫んでいる。

それをいぶかしんだ者達(ゴブリンマン含む)は、未だに姿を見せないヒーロー見つけようと、あちこちを探し始めた。

 

 

そしてついにキレたスパイダー・リンの怒声で、彼女の居場所を見つける事ができたのだった。

スパイダー・リンは、既存のヒーローの常識を覆す登場をやってのけていた。

派手なエフェクト盛り沢山の登場シーンは無く、屋根や高いところに居たわけでもない。彼女は普通に道端で登場ポーズを決めていたのだ。
しかし問題はそこではない。道端で登場ポーズ、そこはまだいい。
あろう事か、彼女は背がとても低かったのだ。それがどれほどの背かといえば、そう、リンぐらいである。
派手な登場シーンが無いヒーローにとって、それは致命的であった。

なぜならば、目立たないからである。

そして、その事にゴブリンマンがクレームをつけた。

 ゴブリンマン「見つけるのに苦労してしまったゴブ。
  もうちょっと背が高くなるように変身して欲しいゴブ」

その言葉を受けて、すでにキレていたスパイダー・リンは開き直ってから逆ギレした。

 スパイダー・リン「どうせ私は小さいですよ!!
  それにヒーローに背は関係ありません!
  もう一度言っておきます!
  ヒーローに、背が高いとか低いとか、そんなの関係ないんです!
  早く元の配置に戻りなさい!!」

ヒーローにキレられたみんなは、そんなに怒らなくてもいいじゃないかと、ぶつくさ言いながら元の配置に戻っていった。

 

 ガード3「き、君が噂のスパイダー・リンか!?
  助けてくれ!
  情け無いことだが、我々ではこのゴブリンマンと名乗る喋るゴブリンには歯が立たない!」

 スパイダー・リン「喋る、ゴブリン!?」

スパイダー・リン独自の登場シーンでゴブリンマンが喋っていた事は華麗にスルーしてスパイダー・リンは言った。
ヒーローの登場シーンにヤボな事は言ってはいけない、それは基本である。

 スパイダー・リン「ゴブリンマン、まさかあなたもタランチュラ・なんとかって言う人に力を与えられたの!?」

 ゴブリンマン「タランチュラ様を知ってるゴブか?
  そうゴブ!俺はタランチュラ様に力を与えられたゴブリンだゴブ!
  そしてあの方との約束通りにアンヴィルを破壊するんだゴブ!」

ゴブリンマンは足元に倒れていたガードを、もう用は無いとでも言いたげに蹴り飛ばして言った。

 スパイダー・リン「やめなさい!
  ゴブリンマン、タランチュラは悪い人よ。あなたは利用されているんだわ」

 ゴブリンマン「ギャギャギャギャ!そんな事は関係ないゴブ!
  俺は強くなれさえすればどうでもいいゴブよ!
  それに、約束が無くたって人間の街は破壊してやるゴブ!」

以前スパイダー・リンが戦った喋るモンスターのクマンは、本当は人間を襲いたくないと言っていた瞳の澄んだいいモンスターだった。

しかしこのゴブリンマンは違う。今まで彼女が戦ってきた多くの悪人と同様、濁った瞳をしていたのだ。

そして彼女は天にも届けと高らかに宣言する。

その様は、この世界全ての悪人に、この言葉を聞かせようとするかのようであった。

 スパイダー・リン「っ!そんな事、この私が許さない!
  悪い事をする人は、クモと一緒に!おしおきよ!」

スパイダー・リンの宣言をキッカケとしたかのように、彼女とゴブリンマンは同時に、弾かれるように駆け出した。

1人と1匹の距離が縮まる、スパイダー・リンはジャンプしてゴブリンマンの顔面に蹴りを放つ。
彼(ゴブリンマンの事だ。一応)は盾を構え、彼女の蹴りが盾に当たると同時にそれを横に振り払った。

彼女は蹴りを防がれて、盾を振られた事でそのまま横に、木造の民家の壁へと叩きつけられそうになる。
が、身をひねって壁に’着地’すると、そのまま壁を蹴って、またもゴブリンマンへと飛び掛った。

文字通り、縦横無尽な猛攻を繰り返すスパイダー・リンの勢いに押されて、ゴブリンマンは盾で攻撃を防ぐのを止め、タイミングを計って彼女の攻撃から身をかわした。

そして攻撃を外されて壁に着地した彼女が真横から飛び掛ってくると予想していた彼は、カンに任せて攻撃が来ると思われる方向に武器を振るう。

そのカンはまさにドンピシャであった。
斧に自分が一直線に飛びかかっているのを悟ったスパイダー・リンは、空中で身を泳がせて体勢を変え、斧に手をついて側転をし、すんでのところでその攻撃を避ける。

その側転は真上に飛び上がる為のものであった。

ゴブリンマンの真上をとったスパイダー・リンは、姿勢を制止させ重力に身を任せてそのまま急降下すると、彼の頭上に拳を叩きつけた。
攻撃を行ったゴブリンマンは、武器からの手応えがないのを知るや、また横からスパイダー・リンが飛んでくると思い、彼女の姿を探し後方へと目をやった。

しかし彼女を見失ってしまい、その姿を探す数瞬の後、頭上からの攻撃で地に突っ伏した。

 ゴブリンマン「ギャアアアア!
  いででぇぇぇ、いてぇゴブ」

頭を押さえて地面を転がるゴブリンマンへ向けて、着地したスパイダー・リンが言った。

 スパイダー・リン「どう!心を入れ替える気になった!?」

 ゴブリンマン「ま、まだゴブ!
  俺たちの恐ろしさ、今こそ見せてやるゴブよ!」

 スパイダー・リン「俺たち、ですって?」

 ゴブリンマン「兄ちゃああああああああん!!
  弟よおおおおおおおおおおお!!」

ゴブリンマンが天を仰いで叫ぶと、家々の隙間を縫うように2つの影が飛び込んできた。

 スパイダー・リン「な!?」

あまりの速さでその正体は分からなかった。2つの影はゴブリンマンの側に着地して、スパイダー・リンを睨み付けながら言った。

 ゴブリンマン弟「あのチビにやられたのかゴブ!?」

 ゴブリンマン兄「よくも俺の弟をイジメてくれやがったゴブね!」

2つの影はゴブリンマンと全く同じ容姿のゴブリンだった。
3匹一緒に並ばれると、もはや誰が誰だかわからなくなるほどよく似ている。

 ゴブリンマン「兄ちゃん、弟よ、スマンゴブ・・・
  あいつ小さいくせに強いゴブ」

 ゴブリンマン弟「気にするなゴブ。
  あのチビがどんなに強くたって俺たち3人が揃えばもう怖いもの無しゴブ!」

 ゴブリンマン兄「そのとおりゴブ!
  受けてみろチビ!これが必殺のジェットゴブリームアタックだゴブ!」

 スパイダー・リン「チビ、チビって・・・
  もう怒りました!そっちが必殺技でくるなら、こっちだって!」

ゴブリンマン3兄弟はスパイダー・リンに対して一直線に並び、周囲の空間を歪ませるほどの勢いで走り出した。あまりに完璧に一直線に並んでいるため、正面からでは後ろの者を見る事ができない。

チビとけなされて怒ったスパイダー・リンは敵が何か必殺技を繰り出そうとしている事も構わず、自身の必殺技を繰り出すために敵へと距離を詰める。

そして、先に必殺技を繰り出したのはスパイダー・リンであった。

 スパイダー・リン「スパイダー!パーンチ!」

彼女の必殺技であるスパイダー・パンチは、3兄弟の先頭を走る者へ、威力の高さを物語るように炎を纏い吸い寄せられるように向かった。
これが当たれば後ろの者も一緒に倒せる、スパイダー・リンはそう思っていた。

しかし3兄弟の先頭を走っていた者は最初から盾を構え、彼女の攻撃を待ち構えていたのだ。
彼女の攻撃を先頭の者が受け止めると、もう一匹がその背を飛び越えて彼女の頭上から蹴りを見舞う。

必殺技に渾身の力を込めていたスパイダー・リンは、蹴りを頭上から無防備に受けて地面に叩きつけられ、蹴られた足でそのまま踏みつけられた。
踏みつけられていた足がどいて真っ暗だった視界が明るくなる。そして彼女はブレた視界で、広い空と武器を両手で頭上にかざし空から飛び降りてくるゴブリンを見た。

そう、スパイダー・リンを地面に蹴り落としたゴブリンの後ろに、もう一匹居たのだ。

武器を両手で構え舞い降りてくるゴブリンは、大の字で地面に横たわったスパイダー・リンへ武器による全体重の乗った攻撃を繰り出した。

強化されたゴブリンによる渾身の力が込められた攻撃は見事に命中し、スパイダー・リン周辺の地面がクレーター状にへこみ、もの凄い轟音と共に砂煙が舞い上がる。

爆発でも起きたかのように砂煙がモクモク上がる場所から、3兄弟は砂煙の尾を引きながら飛び上がり、側の同じ場所へと着地した。

 ゴブリンマン「見たか、ジェットゴブリームアタックの恐ろしさを!」

 ゴブリンマン兄「ギャギャ、あれじゃもう死んだゴブよ」

一陣の風が吹いて砂煙が振り払われると、先ほど抉られた地面があらわになった。

クレーターのような窪みの中心には、胸を押さえて横にうずくまるスパイダー・リンの姿があった。

 スパイダー・リン「う・・・うぅ・・・」

痛みに悶えるその姿は、もはや立ち上がる力も残っていないと思われた。

ゴブリンマン3兄弟は彼女が生きている事に驚いていたが、悶える彼女の姿を死にかけの芋虫のようだとあざけ笑いながらクレーターの端へと歩み寄る。

 ゴブリンマン「ギャギャギャギャギャ!いい気味だゴブ!
  俺たちに逆らうからこう言う事になるんだゴブよ」

 ゴブリンマン弟「痛そうゴブね〜。かわいそうゴブ、早くトドメを刺してやろうゴブ〜
  ギャギャギャギャギャギャ!」

痛みで死の恐怖など微塵も感じていなかったスパイダー・リンだったが、3兄弟の笑い声を聞き、次第にその恐怖を感じ始めていた。

 スパイダー・リン(痛いよ、息も出来ない。
  痛い、帰りたい、みんなのところへ帰りたい、痛い。

  ・・・・・・

  ヒーローになんてなるんじゃなかった。死にたくない。
  あぁ・・・来た。私にトドメを刺そうとしてるんだ。死にたくない。
  もうやめるから殺さないで。
  ヒーローなんてもうやらないから殺すのだけはやめて)

3兄弟の足音を感じたスパイダー・リンは、涙を流し殺さないでと命乞いの言葉を叫ぼうとした。
しかし、攻撃を胸の辺りに受けたせいで肺が一時的に潰れているらしく、もはやうめく事すら出来ずに何も言えなかった。

体を必死にくねらせ、立ち上がろうと懸命に動こうともしたが、そんな力も残っていないのか、本当に芋虫のようにしか動けない。

体中の痛みと、近寄ってくる足音への恐怖で気が遠くなってきた。

と、そんな時。ゴブリンマン3兄弟の笑い声の向こうから、誰かの声が聞こえた気がした。

誰かはしきりに言っている。

 「諦めるな」

と。

スパイダー・リンは心の中で返答した。

 スパイダー・リン(もうダメ。諦めるなって言われても、もう動く事も・・・
  助けて・・・助けて!
  パパ、ママ、助けて!
  誰か!誰でもいいから!
  こんな事になるんならずっと家に居ればよかった・・・)

 「諦めるな」

心の中で何度弱音を吐いても、誰かの声は諦めるなと繰り返す。

そして彼女は、その言葉をどこかで聞いた気がして記憶をさかのぼった。

 スパイダー・リン(そうだ、あの人も言ってた。
  私を初対面で小さいと馬鹿にした人。私を仕事に誘ってくれたあの人が。
  確か・・・・諦めたらそこで成長期終了って、安西先生だって。
  ・・・安西先生って一体・・・
  でも、そうだ。あの人は諦めなかった。
  どんなに殴られても、どんなに自分が弱くても、絶対諦めずに不死身っぽく不敵な笑みを浮かべて立ち上がってた。
  あの人と一緒に居た人だって、最後は自分を犠牲にしようとしてた。
  私は、あんな風になりたいって思ったんだ。強く、なりたいって。
  なりたい。強くなりたい。
  家に居ればよかったなんて、違う。いま家に帰ったらパパとママはきっと悲しむから。
  それに、もう私は、元の役立たずには戻りたくない!)

そして響いてくる誰かの声が、最初からその為の、ヒーローとして、人として強くなる為の答えを教えてくれていた事に気がついた。

 「諦めるな」

 

 

ゴブリンマン3兄弟は横たわって動かなくなったスパイダー・リンを取り囲むようにして武器を振り上げたまま喋っていた。

 ゴブリンマン弟「死んだゴブ?」

 ゴブリンマン兄「分からん、でも一応トドメを刺しておくゴブよ」

3兄弟は頷き合って、振り上げていた武器を振り下ろした。
グッタリと動かない無防備な彼女へと向けられた無慈悲な攻撃は、何の障害も無くすんなりと目標へ到達すると思われた。

しかし、そうはならなかった。スパイダー・リンの瞳がカッと開かれたのだ。

振り下ろされる武器の合間を体の小ささを利用して通り抜けると、3兄弟それぞれに一撃を見舞う。
3兄弟はクレーターの中から弾き飛ばされて地面に転がったが、それほどダメージを受けていない様子ですぐに起き上がった。

スパイダー・リンは咳き込んだ。まだ胸が潰れたのがなおっていないのか、喉からヒューヒューと音を出して苦しそうだ。

 ゴブリンマン「ま、まだこんな力が残ってたゴブ!?」

 スパイダー・リン「ヒ、ヒーローは絶対に諦めない!ゲホッゲホ!
  絶対に負けないのよ!」

 ゴブリンマン「死に掛けのクセに!
  もう一回ジェットゴブリームアタックを喰らわしてやるゴブ!」

そしてゴブリンマン3兄弟がジェットゴブリームアタックの隊列を組もうとすると、どこからか謎の声が響き渡った。

 ???「流石はスパイダー・リン!
  よくぞあの逆境を跳ね返した!」

スパイダー・リン、3兄弟、そして蚊帳の外だった住民とガード達がその声の元を探し、視線を彷徨わせた。

そしてガードの一人が声の主を見つけ、あそこだ、と指差した。

ガードが指したのは屋根の上。そこには太陽を背に佇むシルエットが2つあった。

シルエット達は、トウッ、と掛け声をかけ、クレーターから出たスパイダー・リンの側へとジャンプした。

そして住民がシルエットの正体を見て、目を丸くして言った。

 住民「あ、あれは!
  か、帰って来てくれたのか!」

 ガード1「知っているのか?」

 住民「あんたの歳じゃ知らないのも無理は無い。
  彼らは30年前に引退した伝説のヒーロー。
  そう、彼らの名は・・・」

 

謎のヒーロー、ウルフマンとウルフウーマンの登場方法は、まさに正統派であった。

 スパイダー・リン「いいなぁ・・・正統派・・・」

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