アルストは夜も更けた森を家路へと急いでいた。
夜の森は松明を持っていても視界が悪く、虫の声をも止めるおぞましいモンスターの咆哮までが時折響き渡る。

 アルスト(腹減った…そう言えば今日の昼から何も食ってないな)

腰の辺りまである背の高い草を掻き分けながら、天空の城へ続く遺跡への最短距離を突き進む。
朝から山を歩き回り、さらに空腹も相まって疲労はもうピークであった。

不意に草に足をとられ、松明を落としてしまった。
松明の明かりがボシュンと音を立てて消える。先ほどの雨で出来た水溜りに落ちたようだ。

アルストは悪態を吐きながら立ち上がった。

そしてふと前方を見ると、明かりの消えた真っ暗な森の中に淡く光っている場所を見つけた。

 アルスト(なんだ?誰か居るのか?)

もしかしたら山賊が居るかもしれない、そう思いアルストはゆらゆらと揺れる光を発する場所へとフラフラ歩いて行った。

 

 

―――――30年ほど前――――――

ボロを着て乞食のようなみすぼらしい格好をした体の大きな少年が街の中をフラフラと歩いている。
何かを探しているのか、キョロキョロと落ち着かない。

この少年には帰るべき場所があった。つい先日までは。

ある日、少年は川まで行ってしばらく一人で釣りをしていた。
彼が住んでいた村は何も無いところだった。村人は皆貧乏でその日暮らし。
そこでは誰もが必死に働いている。この少年も6歳になったばかりだというのに、毎日畑を耕し川で釣りをして家族と助け合って生きていた。

 

頭の上まで太陽が昇るまで釣りをしていたが、今日は日が悪いようでいっこうに釣れる気配が無い。

 少年(…今日はもう帰るだ)

少年は道具をまとめて立ち上がり、村に帰ろうと歩き出した。

そして帰り道の途中で住んでいた村の方角からワーワーという歓声のような声を聞いた。
最初は何だろうと思ったが、また誰かが相撲でも始めたのだろうと特に気にもしなかった。

村へ近づくにつれその声は大きくやかましくなったが、ふと、その声は遠ざかり、やがて辺りはシンと静まり返った。
決着がついたのだろう、少年はそう思った。

そして村にまで辿り着く。村はとても静かであった。
元々静かな村であったが、こんなに静かになった事は一度も無い。

少年は嫌な予感を感じて家まで急いで戻った。

家には誰も居なかった。
村中を一時間ほど走り回り、誰か居ないかと声をかけたがどこからも返事は無く、人の気配など全く無かった。

 少年(オラがいない間に一体何があっただ?)

不安から混乱し、また村中を走り回り大きな声で皆を呼ぶが、やはり誰も出てこない。

どうしたものかとその場に座り込み、たまに近くの街に村人総出で呼び出されていた事があったと思い出した。

 少年(そうだ、また街に呼び出されたのかもしれねえだす)

 

そして一人で街までやってきたのだった。

前は城まで行って、そこで色々と質問された。
質問には両親が全て答えていたし、自分にはなんの事だか分からなかったので何を聞かれたのかは覚えていない。

城まで来ると、ガードの一人に呼び止められた。
手荒く腕を掴まれ訳も分からず中庭まで連れて行かれる。そこで両親を含む村人全員を見つけた。

その姿に驚いた。

全員目隠しをされ猿轡を噛まされて、手を後ろ手に縛られて地面に座らされていたのだ。
驚いたのも束の間、すぐに剣を抜いて嫌らしい笑みを浮かべたガードが奥にある扉から出て言った。

 ガード「それでは始めます伯爵」

伯爵と呼ばれた人物は、めんどくさそうに片手を振りながら言った。

 伯爵「早くしろ。これ以上OROGどもと同じ空気を吸うのは我慢ならん」

その言葉を聞いた嫌らしい笑みを浮かべるガードは、持っていた剣で突然村人に斬りつけた。
すると村人を取り囲むようにして立っていたガード達も同じように村人達の首を刎ねだした。

少年は虐殺を行うガード達に向かって叫んだ。

 少年「やめるだ!皆が何したっていうだ!」

伯爵と呼ばれていた人物が彼を見て言った。

 伯爵「まだOROGの残りが居たか。
  何をしたかだと?この者達は逆賊ベルセリウスの子孫を匿っていたのだ。
  これは国の意向にも逆らう大罪だぞ」

少年は伯爵の言葉に驚いて口をつぐんだ。

 少年(ベルセリウス…の子孫?それじゃ皆は)

少年の声を聞いて、猿轡がほどけた村人の一人が彼に向かって叫んだ。

 村人「そんなのは全部嘘っぱちだ!ベルセリウス様は逆賊なんかじゃね、英雄だ!
  伯爵様はオラ達OROGを殺したいだけなんだ!」

そこまで言ったところで、村人は首を刎ねられて絶命した。

そして村人全員が処刑された頃には、中庭は血の池のようになっていた。

呆然とする少年の手にはいつの間にやら縄がかけられている。

伯爵は自ら剣を持ち、少年の手から伸びる縄を引いて村人達の亡骸のもとへと連れる。
そこには首の無い胴体がいくつも横たわり、猿轡と目隠しをされた首がゴロゴロと転がっていた。

 伯爵「お前の始末は私がしよう。
  …いや、その前に両親に合わせてやろうか?」

そういうと伯爵は転がっていた首を持ち上げて猿轡と目隠しを取り、少年に見せ付けた。

 伯爵「コイツか?コイツか?
  ハハハハハハ!やっと、やっとだ!
  この醜悪で頭の悪いOROGどもがやっと私の領土から居なくなる!
  ベルセリウスの子孫か…クク、我ながら名案だったな!」

少年は顔を背け、目を強く瞑った。それでも鼻につく血の臭いと、足元のネバついた血の感触で気持ちが悪い。

 ガード「全くです。
  ベルセリウスの子孫を匿っていた事にすれば、OROGどもを根絶やしにしてもどこからも文句は言われないでしょうからな。
  奴らの顔を見るだけで吐き気がしていましたが、これでそんな事も無くなるでしょう」

 少年(何を言ってるだ、この人たちは)

伯爵はまた違う首を少年に見せ付けながら言った。

 伯爵「ハハハハ!そうだろう!
  子供、どうせ最後だ。バカなお前にも分かるように簡単に短く説明してやろう。
  醜くて頭が悪く、体が大きいだけしか取り得の無い種族。
  そんなお前らが私の領土に居るだけで虫唾が走るのだよ。だから追い出してやったのだ。
  この世から、永遠に、な!
  ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

少年はこれほどの悪意を目の当たりにするのは始めてであった。
ただ嫌いだから、それだけでこんな凄惨な虐殺を行う。もはやこれは人の仕業ではないと思った。

頭が破裂しそうに苦しい、少年は自分に何が起こったのかと目を開けた。
そして目の前に突きつけられた同族の首と目が合った。

この顔は見慣れた顔だ。
だが、首から下が見当たらない。

さらに頭が痛くなる。目の前が朱に染まっていく。

その首は、少年の父親のものであった。

 伯爵「!?
  め、目が赤く!」

少年は縛られていた手を動かした。
縄はまるで雲のように抵抗無く、ブチブチと千切れた。

 伯爵「な、なんだ!?そんな馬鹿な!ほ、本当に…!」

それはOROGの血の目覚めであった。

このタムリエル大陸において、彼ら以上に力の強い種族は存在しない。
それはオークとオーガの混血という、呪われし血の力。
素手で鋼鉄を紙のように引き裂き、大きな岩を片手で投げ飛ばすとまで言われる力の断片。

オークはこの世界で生活する人であるが、オーガは違う。
オーガとは筋肉質なモンスターなのだ。

OROGはオーガに囚われたオークから生まれたのがはじめとされる。

故にその呪われた出生からも、顔の醜さからも、またある理由からも人々に嫌われていた。

 ガード「貴様、抵抗するか!」

真っ赤に染まった視界の中で、伯爵は逃げて行き、ガード達が襲ってくるのが見えた。

少年は伯爵と呼ばれていたあの人物をとにかく殴りたいと思った。
人など殴ったことは無い。そんなふうに思ったのも今回がはじめてだった。

だがその為には、目の前で剣を向けて何かを叫んでいるこのガード達が邪魔だった。

少年はガード達に邪魔だと叫んだはずだった。
しかしもうこの喉からは人の言葉が出てこないのか、彼らに向かってとてつもない咆哮を叫んだだけだった。

するとさらに視界が赤くなって、そこで意識が途切れてしまった。

 

次に気がついた時、少年の目の前には人が倒れていた。

体中がグシャグシャに潰れており誰だろうと思ったが、身に着けていた衣服からそれが誰だか窺い知れた。

 少年(これは…伯爵とかいう人?
  オ、オラがやっただか、こんな事…)

そして周りを見渡せば、壊れた街も目に入った。

所々穴の空いた石造りの家が並び、道にも穴が空いている。
遠くに見える城は、城壁も崩れて半壊状態だ。

いくら力持ちのOROGといえどこんな事が出来るはずはない。それに少年はまだ子供だ。

その事は彼もよく分かっていたが、目の前にあった死体の惨たらしさと街の異常な雰囲気もあって怖くなり、街から逃げ出した。

そして少年はそのままわき目も振らずに森の中へと消えていった。

 

 

――――――現在―――――――

アルストは光を発する場所へと辿り着いた。

そこでは一人の男が焚き火をしているようだった。

 アルスト(な、なんだアイツ?でけぇ)

こちらに背を向けて座る男は、遠目に見ても相当に大きいようだった。
手に持った瓶の中身を飲み干すと、焚き火を消してそのまま何かを考えるしぐさを見せる。

あの大きさから見てもかなり凶暴だろう、と見た目で判断したアルストはその場から立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まった。

 アルスト(いや、待てよ…)

何かを思いついたのか、大男の背後まで忍び寄る。

 アルスト「おい、そこのお前」

背後から突然声をかけられた大男はビクリと肩を緊張させてから、恐る恐る振り向いた。

その顔は人と言うよりモンスターのようで恐ろしい。
そして体の大きさも人並み外れたものであった。普通の人ならば彼の姿を見ただけで逃げ出したくなっただろう。

だが自分こそ世界最強と信じて疑わぬアルストは、そんな事など気にかけず、こう続けた。

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