ここは港町アンヴィル。
夕暮れに染まった教会の扉が開かれると、小さな女が歩み出てきた。
人の背丈より遥かに小さいその女は、天空の城に住むリンだ。
リン(早く帰らないと、夜になっちゃう)
小さな女の歩幅はかなり短い。駆け足のスピードが普通の人の歩く速度と同じくらいだ。
リンは早足になって出口の門へと向かった。
足取りはいつもより軽い。
今日もテツヲと楽しく遊んだのだ。
リン(こういうのってデートなのかな)
恋愛経験の無いリンはそう考えただけで顔が火照ってくるのを感じた。なんだか頬も緩みっぱなしだ。
新しい思い出を噛み締めながら歩いてゆく。
角を曲がったところで若いカップルを見つけたリンは、カップルを見つめてふと立ち止まった。
視線の先には繋がれた手。
そう言えば、まだテツヲと手を繋いだ事など無かった。
リン(デートって、やっぱり手を繋ぐものなのかな)
テツヲとリンが出会ってから、既に3ヶ月の月日が経っていた。
便利屋の仕事が無い日は、ほとんどと言っていいほどアンヴィルに足を運んでいる。
初めの頃はエールもよくついて来ていたが、最近では気を使っているのか遠慮するようになった。
テツヲもリンが来るのを楽しみにしているようで、アンヴィルの門が見える場所を陣取り、そこで好きな読書をしながら毎日リンを待っていた。
リンがアンヴィルについてまず目をやるのが、テツヲの座るその場所だった。
テツヲも自分に好意を抱いているのではないかと、リンは思っている。
リン(3ヶ月も何も無いって変なのかな・・・)
清い交際はむしろ褒め称えられるべきかもしれない。その・・・マジメな人々にとっては。
だが27歳と、リンはもう結婚しててもおかしくないほどの大人であり、清くない事もちょっとくらいは経験してみたいと思っていた。
少し不安な気持ちになると、リンの様子に気付いた蜘蛛悟郎が話しかけた。
蜘蛛悟郎「どうしたんでい?」
リン「え・・・?う、うん」
恥ずかしくなって何も言えず、はぐらかした。
蜘蛛悟郎「テツヲと進展が無くて、なやんでるんディスカー?」
こちらの視線に気がついていたのだろうか、蜘蛛悟郎に確信をつかれてリンは焦った。
いくら蜘蛛悟郎がクモでも、異性に恋の相談などする勇気はない。
リン「ち、違うよ」
そう言って強引にはぐらかし、また歩き出した。
なるべく考えないようにしたかったが、頭の中はもうその事で一杯だった。
リンに気付かずに歩く人に踏まれそうになりながらも、なにか答えを見つけようと考えながら歩く。
リン(どうなんだろう私達って・・・やっぱり付き合ってるとかそういうのじゃないよね、告白とかしてないし。
・・・告白したい。告白ってどうやればいいんだろう。でもテツヲ君が私の事そういう風に思ってなかったらどうなっちゃうんだろう。
怖い・・・
どうしよう。帰ったら誰かに聞こうかな、エールは・・・サラさんに聞こう!
あ・・・でもどうやってこんな話切り出せばいいの・・・)
自分では解決できそうもない問題を誰かに相談しようと思ったが、恋愛に疎いためかそんな勇気も中々出せそうになくてリンはまた頭を悩ませた。
かなり長い時間そうして考え事をしていたようだ気がつけば目の前には出口の門。
考え事をするリンは、門番に声をかける事も忘れて門を見上げていた。
「誰かあああああああ!!!捕まえてくれええええええ!!!」
突如として後方から上がった大声に意表を突かれたリンは、慌てて後ろを振り返った。
男二人がもの凄い勢いで走っている。
前を走る男は青い顔で形相も凄まじく、後ろを走る男は大声で助けを求めるように叫んでいた。
状況を理解したらしいリンは、怖くなったのであろう、急いで物影へと隠れた。
それは仕方のない事だ。体の小さいリンには男達が必死に走っているのを止める術はない。
追う男「この泥棒野郎!
だれか!アイツを捕まえてくれええええ!泥棒だああああああ!」
追い追われる2人の男の足は信じられないくらいに速かった。
だが追う方の男は大声を上げていたせいか、少しずつ遅れ始めている。疲労と悔しさで顔をゆがめ、もう一度大声を上げた。
追われる男はその様を一瞥すると、薄ら笑いを浮かべて「ざまぁみろ」と心の中で罵った。
このまま走れば追跡者を撒ける、その確信があったのだろう。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
誰かが男の前に走り出て、進路を塞ぐように立ちふさがった。
追う男からすれば、それはまさにヒーローだった。
???「スタァァアアアアアーーーーーップ!!!!!!」
追う方の男の助けを求める叫びすら、この音量の前には針が落ちる音のように感じる。
それほどの声量。
追われる男はその声を間近で聞かされ、耳の中の三半規管が麻痺してしまい、走る勢いもそのままにゴロゴロと転がった。
その誰かはコケた男に更に近寄って、お決まりの口上を大声で叫ぶ。
???「よくも私の目の前で犯罪を犯してくれたなこのクソ野郎め!
お前に逃げ道はもう無い!
残されたのはそれ以外の2つの道だけだ!
1つは罰金を支払ってもう犯罪は犯さないと神に誓う道!
もう1つは鎖に繋がれて暗い湿った牢屋の中でもう犯罪は犯さないと神に誓う道だ!」
男に宣告したのはアンヴィルの門番だった。
追われていた男は、観念したのか「チクショウ」と呻くだけで抵抗せずにおとなしくなった。
と、そんなときであった。
???「そこまでよ!!」
それはこの辺り一帯のどこに居ても、ハッキリと聞き取れるのではないかと思うくらいに、透き通った声であった。
それはシロディールで今評判の、あのヒーローの声だ。
門番「この声は・・・スパイダー・リン!
な、何がそこまでなんだ!?」
そしてその声は圧倒的な自身に溢れた声で答えた。
スパイダー・リン「そう!私の名前は、スパイダー・リン!
シロディールの平和を守る正義のヒーローよ!
何がそこまでって・・・!泥棒さんが逃げるのがそこまでって事です!」
その声の主はスパイダー・リン。
その名はこのシロディール地方で今話題の正義のヒーローの名である。
それは、シロディール地方のあらゆる街、あらゆる場所で、あらゆる悪が突きつけられる正義の鉄槌。
それは、絶対的な正義が振りかざされる時に響く警鐘であった。
門番「どこに居るんだスパイダー・リン!?」
いつものように体が小さくて目立たない登場をするスパイダー・リンを見つけられない門番達がキョロキョロと辺りを見回した。
門番「クッ、どこにいるんだ・・・!
いやそんな事よりもスパイダー・リン、せっかく来てくれて言いにくいんだが。
実は、その・・・泥棒はもう私が捕まえてしまったんだ」
スパイダー・リン「そ、そうですか・・・
じゃあ私・・・帰ろうかな?」
門番「その、本当にすまない」
まだスパイダー・リンを見つけられない門番が申し訳無さそうに言って、スパイダー・リンが帰ろうとしたときだった。
それほど大きくはないが、確かな存在感のある声がどこからともなく響く。
???「この時を待っていたぞスパイダー・リン」
またしても声は聞こえるがその姿を見つける事の出来ない門番達がキョロキョロと辺りを見回す中、スパイダー・リンだけがその声の主に気がついた。
声の主は、以前ゴブリンマンにアンヴィルを襲わせたダークヒーロー、タランチュラ・テツヲであった。
スパイダー・リン(タランチュラ・テツヲ!また何かを企んで・・・!?
あ!今なら!)
スパイダー・リンはもう一度決めポーズを取ると、こう言った。
スパイダー・リン「やはり現れたわねタランチュラ・テツヲ!また何かを企んでいるんでしょう!?
犯罪が起こって私が現れれば、あなたも現れると読んでいたわ!」
門番「・・・・!!!
そういう事か!だから私が泥棒を捕まえたにも関わらず出てきたんだなスパイダー・リン!
正義のヒーローが登場をミスるなんておかしいと思ったんだ!」
タランチュラ・テツヲ「なるほど、僕はまんまとおびき出されたというわけか」
タランチュラ・テツヲ「だが、それを後悔させてやる。
君を倒し、この世にヒーローなど居ない、君はただの偽善者なんだという事を今から白状させてやる。
いくぞスパイダー・リン!
命が惜しければいつでもこのアンヴィルを僕の自由にさせると誓え!
そうすれば命だけは助けてやる!」
そしてヒーローとダークヒーローは、自分達の姿を見つけられず右往左往する住民達そっちのけで決闘をはじめるのであった。