スパイダー・リンの身体能力は、通常の人を遥かに凌駕する。もちろん動体視力もだ。
しかしそんな彼女でさえ、タランチュラ・テツヲの動きを捉える事は困難であった。

一瞬のうちに距離を詰められ、驚く間もなく拳が目の前に迫る。
タランチュラ・テツヲの拳からは鋭利な棘のような物が生えており、紙一重で攻撃をかわしたと思われたスパイダー・リンの頬に傷をつけた。

 スパイダー・リン「ま、待って!」

 タランチュラ・テツヲ「もう命乞いか」

 スパイダー・リン「違うわ!まだ街のみんなが私達を見つけていないのよ!
  そこまでがお約束でしょう!?」

そう、正義のヒーローとして最も大切な部分、登場シーン。
スパイダー・リンにとってのそれは、自分の姿を見つけてもらうまで続くのだ。もちろん本人はすぐに見つけてもらえないというのが大変無念であるが・・・
とにかく登場シーンはまだ終わっていないのだ。

スパイダー・リンはその事でタランチュラ・テツヲに激しく抗議した。

 タランチュラ・テツヲ「僕にはそんな時間はない!」

聞く耳持たぬとタランチュラ・テツヲはまたしても残像を残しながら襲い掛かる。

 スパイダー・リン「く・・・・そっちがその気ならこっちだって!」

だが、今度はスパイダー・リンも負けてはいなかった。
今までずっとシロディール各地で強敵と戦ってきたのだ。たとえ目に見えない攻撃であっても、ある程度の予測は出来る。

カンで。

カンと言われると、当てずっぽうなイメージがあるが、彼女のカンはただのカンではない。
数多の戦いを経て正しく磨き抜かれたそのカンは、正確に攻撃を避けさせ、次にタランチュラ・テツヲが取る行動を見事に読んでみせた。

身体能力では劣っているが、戦闘の経験はスパイダー・リンの方が上のようだ。

それでもどちらが有利とも言えず、戦いは長引いた。

2人の戦いの影響で民家の家が少しだけ壊れ、破片が飛び散る。

飛んで行く破片の向こうに、テツヲの育ての親である司祭が歩いているのを見たスパイダー・リンは無意識に破片へと追いすがるように飛びついた。

破片の大きさはこぶし大ほど、そんな物が勢い良く当たればタダではすまない。
運が良くてやっと重症、それ以外では司祭は死んでしまうだろう。

 スパイダー・リン(と、届かない!私のスピードじゃ・・・!)

戦いの最中の咄嗟の行動とはいえ、自分の持てる力の限界を出し切った跳躍スピードでも追いつけない。
嫌な予感がして全身から血の気が引いた。

自分は正義のヒーローなのに、手が届く場所に助けなければならない人が居るのに、助けられない。
それどころか、この事態を招いたのは自分自身である。

絶望と焦りによって、時間が経つのがとても遅く感じた。
全ての物がゆっくりと動く。

視線の先の破片も、ゆっくり、ゆっくりと司祭へ向かって飛んで行く。
スパイダー・リンは、空中で目一杯に伸ばしきっていた手をさらに伸ばそうとした。
届かない。

もうダメだ。無意識のうちに目を伏せて、この現実から目をそらそうとした時だった。

黒い影が、スパイダー・リンのすぐ側を追い越して行った。
影は飛んで行く破片に易々と追いついて、粉々に砕くと、乾いた明るい色の土の上に音も無く着地した。

その影はタランチュラ・テツヲだった。

 スパイダー・リン「!?」

スパイダー・リンもタランチュラ・テツヲを追って着地した。すると彼は何かを取り繕うように言った。

 タランチュラ・テツヲ「か、勘違いするなよ!
  き、君に正義のヒーローは居ないと宣言させたときに・・・証人は沢山居た方がいいだろう!?
  あの人を殺すのはその後だ!」

 スパイダー・リン「!!
  なんて悪なの!絶対に許さない!
  正義のヒーローはここに居る!居ないなんて嘘は吐かない!」

 タランチュラ・テツヲ「嘘だって?正義のヒーローなど居ない!
  君はただの偽善者だ!この世界は偽善者で溢れかえっている!
  他人の顔色を伺って、本当の事は絶対に言わない!君はその最たる者だ!」

イラただしげに言い捨て、タランチュラ・テツヲは地を蹴った。

ヒーロー達の戦いは、さらに激しさを増していく。

熾烈な戦いに気付かぬ人々の足元を縫うように駆け、何度も何度も激突を繰り返した。

 住民「?今視界の隅で黒と白の何かが・・・
  ま、まさか!」

 ガード「どうされました!?」

 住民「い、今確かに大きな黒い影が・・・!
  ご、ごごごゴキブリよおおおおおお!超巨大だったわああああ!」

スパイダー・リンとタランチュラ・テツヲが戦っている事を知らない住民が、タランチュラ・テツヲを巨大なゴキブリと勘違いし、悲鳴を上げた。
悲鳴は街全体に木霊し、街は一時騒然となった。

 

戦いに夢中の当人達は、いつしか街を飛び出して戦い続け・・・

 

気付けば舞台はもはやアンヴィルではなく、どこかの山の上に移動していた。

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