月夜の明るい空には足の速い雲が流れ、強い風がびゅうびゅうと吹きすさぶ。
聳え立つ山が見上げた月には、小さな影が2つ、複雑に絡み合いながら舞い降りてきた。

 

 

 タランチュラ・テツヲ「この僕がこんなに梃子摺るなんて!」

山頂に舞い降りたタランチュラ・テツヲが息を弾ませながら憎々しげに言い放つ。
同様にスパイダー・リンも息を弾ませながら言った。

 スパイダー・リン「負けるわけにはいかない!何があっても!」

長い時間、地を海を空をと駆け回った2人であったが、無尽蔵とも思えた体力もついに尽きたのか、相手の隙をうかがうようにじりじりと間合いを取る。

 タランチュラ・テツヲ「君がこんなに強くなっているなんて、予想外だったよ。
  あの時、他の2人とまとめて倒しておくべきだったかもしれないな」

他の2人というのはウルフマンとウルフガールの事だ。

しばらくの沈黙が辺りを支配し、そこへ痛いほどの緊張が漂う。
双方共に間合いを取り合うのもやめてただじっと相手を観察していた。

ふと、攻撃のキッカケでも掴もうとしたのかスパイダー・リンがタランチュラ・テツヲに問いかけた。

 スパイダー・リン「なぜ・・・?なぜあなたはクマンやゴブリンマンを使ってアンヴィルを襲わせようとしたの?」

それはただ漠然と浮かんだ疑問だったのかもしれない。
だがその事を考えれば考えるほど、スパイダー・リンは理由が分からなくなっていた。

なぜならタランチュラ・テツヲは、以前戦ったクママン(クマン)やゴブリンマンよりも遥かに強いと思ったからだ。
自分より弱いものをけしかけるより、自分でやった方が効率がいいのは当然の事。
もしもそれが悪の秘密結社などによるお約束で、段階的に強い怪人を送り込んでいただけ、と言うのであれば文句の付けようの無い答えになるのだが、
タランチュラ・テツヲにそれは当てはまらないだろう。

なぜなら彼は、スパイダー・リンの登場シーンを無視して戦いを始めようとしたからだ。

その事実からスパイダー・リンは、タランチュラ・テツヲがお約束などの束縛の無いリアル系の悪人だと見抜いていた。

だからこそ、この疑問が解けなかった。
リアル系悪人なら、一番効率的な犯罪を尊ぶはずだからだ。

 タランチュラ・テツヲ「授かった力を試しただけさ。自分にどんな力があるのか、知りたいと思うだろう?
  でももう少し強くなると思ってたんだけどな・・・やはり落ち零れは落ち零れだったよ。
  君に負けたんだからね」

タランチュラ・テツヲから、今までとは比べ物にならないほどの殺気が放たれる。

すると突然、スパイダー・リンの衣装が喋り始めた。
この衣装は以前、ゴブリンマンと戦った時にも喋っていて、名をクモゴロウと言った。

 クモゴロウ「タランチュラ!いい加減にやめてくれっすよ!
  本当にどうしちゃったんでございますか!?なんでそんな奴に手を貸してやがんでい!」

クモゴロウが、タランチュラ・テツヲの衣装、タランチュラに語りかけると、タランチュラはそれに答えた。

 タランチュラ「私はどうもしてないわ、クモゴロウ」

 クモゴロウ「どうもしてないなんて事あるかいな!
  僕の知ってるタランチュラは、そんな奴に手を貸すクモじゃないやい!」

衣装同士が話をしているという変わった状況下でも、タランチュラ・テツヲは全く同ずる事もなく、ただスパイダー・リンの隙を伺っていた。

一方のスパイダー・リンは、このような状況に慣れているのか動ずる事は無かったが、一瞬だけクモゴロウとタランチュラの会話に気を取られてしまった。

その隙を、タランチュラ・テツヲが突いた。

 タランチュラ・テツヲ「今だ!
  タランチュラ・ヴェノオオオオオオオン!!」

それはタランチュラ・テツヲの必殺技だった。

ヴェノンとは、ドイツとかイタリアとかその辺で毒や猛毒を意味する言葉。ヴェノムと言った方が分かりやすいかもしれない。
タランチュラ・テツヲの拳から生えている爪のようなものが、毒々しい光を発する液体で潤う。

そして話に一瞬気を取られたスパイダー・リン目掛けて拳を突き出し、弾かれるように飛び掛った。

反応が遅れたスパイダー・リンは避けきれず、毒の爪を腕に浅く受け、タランチュラ・テツヲの体当たりで吹き飛ばされた。

 

 

 

――――そこから少し離れた茂みの中で。

謎の男女が2人の戦う姿を見守っていた。

 「ま、まずい!助けに・・・!」

飛び出そうとした男を女が制止する。

 「ダメよ!
  今ここで私達が出て行ったら、あの子はあの時から何も成長していないという事になってしまうわ」

 「しかし必殺技を受けては!」

 「大丈夫、信じましょう。今のあの子なら誰にも負けはしない」

 

 

 

 

体当たりを受けて空中へと飛ばされたスパイダー・リンは、ひらりと身を翻して何事も無かったかのように着地した。

 クモゴロウ「大丈夫でやんすか!?」

 スパイダー・リン「う・・・しまった・・必殺技に」

しかしどうみてもスパイダー・リンはまだピンピンしている。
だがそれでもタランチュラ・テツヲは勝ち誇った様子で緊張を解いた。

 タランチュラ・テツヲ「君の負けだ、スパイダー・リン。
  今、君の体内に猛毒が入った。もうじき神経が毒に侵されて、死に至るだろう。
  さあ命乞いをしろ。僕がアンヴィルを攻撃しても見て見ぬフリをすると誓え」

致命的な攻撃を受けたのだと悟ったスパイダー・リンは、爪がかすめた部分を手で押さえた。

 スパイダー・リン「ち、誓わない!そんな事!
  絶対に!」

 クモゴロウ「スパイダー・リン、あの必殺技を喰らったんならもう時間はねぇぜ!
  スパイダー・パンチを使うっちいいい!」

 スパイダー・リン「でも、前にタランチュラ・テツヲについているタランチュラは話せばわかるから説得するって・・・」

その辺はカットされているので、簡単に説明しよう。

スパイダー・リンの衣装クモゴロウとタランチュラ・テツヲの衣装タランチュラは、自分の意思を持っている。
そして、この2人は昔恋人であったのだ。
だがタランチュラは突然行方不明となり、クモゴロウは失踪したタランチュラを探しにきてスパイダー・リンと偶然出会い、
正義の味方をする一方でずっとタランチュラを探し続けていた。
クモゴロウはタランチュラを『いいクモ』と言い、タランチュラ・テツヲのような奴に手を貸しているのは何かの間違いだとスパイダー・リンに話した。
そして、次に会った時はなんとか説得し、タランチュラ・テツヲに手を貸すのを辞めさせる。
と、いう話がカットされたスパイダー・リン編にあったのだった。(一応の完結後に追加で書き足す予定です)

 クモゴロウ「そんな事をしていたらあんさんが死んでしまうさ!
  それに、タランチュラ・テツヲを倒せば変身も解けるはずザンス!」

クモゴロウの言葉を聞いて、スパイダー・リンはすぐさま身構えた。
対するタランチュラ・テツヲはリラックスしたままだ。

 タランチュラ・テツヲ「無駄だ。僕のタランチュラ・ヴェノンは即効性。
  今さら必殺技を使っても僕を倒すほどの威力は出ないよ」

 スパイダー・リン(そ、そういえば何となく体がだるいような気が・・・
  でも、こんなところで死ぬわけにはいかない!)

体は少し重かった。でもそんな事は言っていられないと、スパイダー・リンはその一撃に残る全ての力を込めた。

 スパイダー・リン「必殺!スパイダー・パーンチ!!」

スパイダー・パンチとは。
彼女の身体能力により、極限まで高められたスピードとパワーの込められた、ただのパンチである。
この世に基本のいらぬ応用はなく、素手での基本攻撃であるパンチが最強の威力であるならば、その応用の技を使用する意味はない。

故に、このスパイダー・パンチこそがスパイダー・リン最強の必殺技なのである。

 

 

必殺技を放った瞬間、スパイダー・リンの視界が突然暗くなる。
音など一切聞こえない。

体には何かがまとわりつく様な凄まじい抵抗感があり、体の動きが止められそうだ。
だがスパイダー・リンはその全てまでを打ち破らんと、さらに力を込め踏み込んだ。

 タランチュラ・テツヲ「無駄だ無駄だ!もう君の力は半減以下だよ!
  だが、いいだろう。君の勇気に免じて、最後の攻撃を受けてやろう!
  そして絶望するがいい!」

スパイダー・リンは、暗闇と静寂の世界で、最後の一撃をタランチュラ・テツヲに叩き込もうと、全身全霊をかけた。
体の前部からの抵抗で、今にも動きが止まりそうになりながらも、その全てを振り払うようにパンチを繰り出す。

 スパイダー・リン「ハアアアアアアアアアア!!」

自然と湧き上がってきた叫び。

つられる様に、世界が明るく光り輝いた。
体全体を後方に追いやるような抵抗は、裂けたように消え去り、渾身の一撃をタランチュラ・テツヲに叩き込む。

 

 

 タランチュラ・テツヲ「グハアアアアアアアア!!」

スパイダー・リンの必殺技を受けてやろうと、余裕で棒立ちしていたタランチュラ・テツヲはその一撃をマトモに受けた。
頭蓋骨がひしゃげそうな衝撃の中、タランチュラ・テツヲは考えた。

 タランチュラ・テツヲ(な、なぜだ!?僕の必殺技は確かにスパイダー・リンに!
  なぜだ!?なぜこんな威力が!
  ま、まさか!そうなのか!?
  あのクモゴロウという衣装、僕のタランチュラと同じ!?だとすればスパイダー・リンに毒は・・・効かないのか!!)

そう。
スパイダー・リンにタランチュラ・テツヲの必殺技は効力を表さなかった。

彼女は体が重いと思った。たが、それは今までの疲労のため。

必殺技のときに視界が薄暗くなり音が消えたのは、彼女が遷音速の領域にあったためだ。

体にかかる抵抗が少なくなったのは、遷音速を飛び越えてさらなるスピードに乗ったためだと思われる。

 

 

タランチュラ・テツヲは、この状況下で自分の力を過信し、相手の攻撃をあえて受けると言う大きな過ちを犯した。

彼の戦いにおける経験不足が、最後の最後で仇となった。

 

辺りの雪をスパイダー・リンが音速の壁を破った時の衝撃波が舞い上がらせ

夜明けを告げる薄い光が雪を照らし

戦場はキラキラと輝いた

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