ス・ガード「いくらなんでもワイン一気飲みはやりすぎですよ!酔っているではないですか!」

ス・ガードが悲鳴にも似た大声を上げた。

思いのほか素早いゾンビ達が、エールやガード達の居る部屋の入り口へと一斉に殺到し、多数のゾンビの圧力に負けて通路奥へとガード達は一歩下がる。
しかしエールだけはフラフラとおぼつかない足取りで部屋の中に入って行った。

 カイム「無茶だ!いくら魔王どのと言っても酔った状態であの数のゾンビを相手にしては!」

グラグラと体を左右に揺らし、なんとか地を踏みしめるような千鳥足でエールが部屋の中へと一歩入る。
ゾンビ達は血の通ったうまそうな獲物に舌なめずりし、一斉に泥酔状態のエールへと群がった。

その様はまさに津波だ。

小さなエールの体は、一瞬にしてゾンビの津波に飲まれて見えなくなった。
その勢いにガード達はもう一歩後ずさりし、頼りにしていた魔王がアッサリとやられてしまった事で、自分達の死すら覚悟し、同時にこの敵に対する深い憎悪を自覚した。

エールを跡形もなく飲み込んだゾンビ達は、更なる獲物を求めて通路へ押し寄せようとしている。
ガード達は自らの武器を強く握り締め、こうなれば一体でも多くのゾンビを道連れにしてやろうと気を奮い立たせた。

 カイム「クソ!
  ゾンビどもが少しでも通路に入ったら攻撃開始だ!」

ゾンビ達は押し合い圧し合いながら通路へと向かう。

そして、死臭漂うゾンビの海が通路になだれ込もうとした時。ゾンビの海がプックリと膨れ上がり泡のように破裂し、ゾンビ達が散り散りに吹き飛んだ。
ゾンビの腐肉が飛び散る中には、ユラユラと動くエールが居た。

 エール「くぅさい〜」

呂律の回っていない声が響く。

 ス・ガード「な、何をしたんだ魔王どのは!?」

 カイム「そんな事より魔王どのを援護だ!行くぞ!」

部屋の中で一人戦うエールに触発され、ガード達は勇気が漲ってくるのを感じていた。

 

 

 

 

 

ゾンビの海を泳ぐような漂うようなエールの動きは、遠くから見ているだけでは決して早くはないように見える。
それでも彼女はゾンビを圧倒し、ガード達を唸らせた。

エールの体得した酔骨剣は、相手の虚をつき移動する。
だから遠くから見るぶんには危なっかしい足取りでフラフラしているようにしか見えないのだ。

あらゆる生き物は、目でじっと見つめていても『見ていない』ときがある。
それが虚だ。
それは、意識の外であったり、反射神経の限界値。

フラフラフラフラと千鳥足で動いて相手を油断させたエールは、その虚をついて一瞬だけ早く動く。
そうして虚を突かれた相手には、エールが瞬間移動したように見えてしまうのだ。

攻撃でも相手の力を利用し、最も意識の薄いところへと攻撃している。
それだけで何倍ものダメージが与えられるのだが、元々全ての動きがフェイント・攻撃の予備動作であり相手を油断させるものであるため、
酔骨剣への対処法を知らない限り、どんなに戦いに熟達した者であってもその攻撃を防ぐのは困難だった。

 イ・ガード「どうやったらあんなフラフラした動きで、あれほど戦えるんだ!?」

 カイム(強い。転びそうだが一切転ばず、そのまま攻撃と防御を行うとは)

 

 

 

部屋に居たゾンビを全て片付けると、戦いで傷を負ったイ・ガードとス・ガードにカイムが言った。

 カイム「走れるか」

 イ・ガード「なんのこれしき」

 ス・ガード「私もまだ動けます」

 カイム(軽症とは言えない傷だが、ここから螺旋階段を上れば遺跡の外だ。
  そこまでは持つだろう)

次にエールの姿を探し、カイムは部屋を眺め回した。

 カイム「魔王どの!?」

部屋の一角でエールが倒れていたのを見つけたカイムは、エールの元へと走った。

 カイム「寝ているだけか。……戦いの前に酒など飲むからですぞ魔王どの」

 イ・ガード「隊長、急ぎましょう。
  下からずっと我らを追っていたゾンビが気になります」

 カイム「私が魔王どのをおぶろう」

そう言ってカイムがエールをおぶったとき、通路からゾンビが溢れ出した。

 カイム「急いで階段まで走れ!」

ガード達は倒したゾンビで躓かない様に階段まで走った。

 

 カイム「お前たち、魔王どのを頼んだぞ」

カイムがエールを背から降ろし、言った。

 イ・ガード「何をなさるおつもりですか隊長!」

 カイム「ここで私が時間を稼ぐ」

 ス・ガード「それならば私が!怪我をして足手まといの私が!」

 カイム「隊長は私だ。その私が命令する。
  魔王どのを連れてここから逃げろ」

突然の申し出にガード達が右往左往していると、カイムは声を張り上げて言った。

 カイム「なにをしている!急げ!奴らが来る!
  お前たちほどの怪我では満足に戦う事はできん。ならばガードとしての本分を全うしろ!
  いくら魔王といえど、このシロディールに住むのならば我らが守るべき市民だ!」

一喝されたガード達は、「すみません」と言い残してエールを連れて階段を駆けた。

 カイム「それでいい」

一人残ったカイムは、にじり寄るゾンビの大群を睨み付けて名乗りを上げた。

 

 

 

ガード2人は疲れ痛んだ体に鞭打って、エールを抱え長い長い階段を上りきった。
重い石の扉をほうほうの体で開け放つと、遺跡から少し離れた場所にエールを寝かせ、その場からカイムが出てくるのをじっと待つ。

しばらくしてエールが目を覚まし、辺りをキョロキョロと眺めた。

 エール「……?」

 イ・ガード「おお、お目覚めですか魔王どの」

 エール「あれ?私ゾンビと戦ってて…」

 ス・ガード「そのまま眠ってしまったのですよ。
  歩き疲れたところにワインを一気飲みするからです」

眠ってしまったと教えられて、目をぱちくりするエール。

 エール「え、うそ?……ごめん。
  ところでカイムは?」

 イ・ガード「隊長はまだ遺跡の中に…」

そう言ってイ・ガードが遺跡を指すと、遺跡から眩い光が溢れ出し、周囲を包み込んだ。

 エール「なにこれ!?」

周囲が真っ白に染まり、エールは自分以外の全てのものが見えなくなった。

キョロキョロと辺りを見回していると、助けを求めるような声が聞こえてきた。

 ???「なんだこれは!
  ここはどこだ!

それはエールがよく知った声であった。

 エール「か、カイム?
  カイム・アラゴナー!」

全てが白い空間の中で響いてきた声は、まさしくカイムのものだった。

 エール「どうなっちゃったの!?カイムー!」

エールがカイムの名を呼ぶと、辺りは色を取り戻していった。

 

色の戻った世界では、2人のガードが慌てふためいていた。

 イ・ガード「魔王どの!どこへ行かれていたのですか!
  遺跡が!遺跡が消えてしまった!」

よく見れば、先ほどまで遺跡があった場所が、ただの草原になってしまっていた。

エール、イ・ガード、ス・ガードの3人は遺跡の周辺をくまなく探した。
しかし、つい先ほどまであったはずの遺跡は影も形もなくなっており、3人は捜索を諦めてそれぞれの帰路につく事にした。

 エール「私が眠っちゃったせいだよね……」

俯き嘆くエールを、ガード達は励まし去って行った。

 イ・ガード「魔王どのが居なければ、我々はあの部屋で全滅でした」

 ス・ガード「そうですよ。さぁ顔を上げてください」

エールはうんうんと頷いてはいたが、そんな事などもはや耳には入っていなかった。

 

 

 

そして日も傾きかけた頃、エールは天空の城へと帰りついた。
胸は罪悪感で締め付けられるように苦しく、今回の事をみんなにどう説明しようかという考えがグルグルと頭の中を駆け回った。

 サラ「エール!1人でどこに行ってたの?」

城へ入ると、サラがエールに声をかける。
エールはハッとして顔を上げ、目に涙を溜め込むとサラに抱きついた。

 サラ「なにかあったの?」

エールはサラに縋り付き、わんわんと泣きながら事情を説明した。

 

 

 

事情を聞いたサラは、悲しい目で見つめてくるエールにどう言葉をかけてよいか分からず、エールの頭を優しく撫でた。
頭を撫でられたエールは、怒られると思っていたのだろう、一瞬ポカンとした後にまた強くサラにすがりつく。

と、その時だった。食堂からアルストの笑い声が高らかに響いた。

 アルスト「ハアアアアアアハッハハハハハハハハ!話は聞かせてもらったぞ!」

 サラ「……」

 アルスト「よくやったぞエール!あの不死身のカイムを異次元だかどこか知らんが吹き飛ばすとは!
  これでもうこの世に怖いものは何もない!
  お、そうだ。今度何か欲しいものを買ってやろう。
  おいサラ、金を用意し…」

サラは自分に縋り付いたエールを優しく放し、風を撒いてアルストに詰め寄って右の拳を全力で振るった。

鈍い音が響いたと思うと、アルストが壁に頭から矢のように刺さって沈黙していた。

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