湿気でジメジメとし、顔を背けたくなるほどの腐臭漂う小さな遺跡の一室を、チカチカと稲光が照らす。
柱や石壇の影が大きくなり、部屋の壁中に不気味な影が躍る。まるで邪悪な何者かが、この部屋を監視しているようだ。
稲光はおさまり、影が消える。
するとその影を追うように、影があった場所へと火の玉が命中し、本来燃えるはずのない石壁が、その一時に燃え盛った。
それを合図としたかのように、火の玉が部屋中を縦横無尽に飛び交い、石を燃やして充満する腐臭すらを消し去った。
茂羅乃介「魔法では上を行かれるか」
火の玉を放つのは、ドレモラの茂羅乃介とリッチであった。
茂羅乃介が着用する、動きやすさと体を保護する機能とを、高い次元で可能にした鱗を思わせる形状の鎧が、
茂羅乃介の放つ火の玉の赤い光を受けて、赤く恐ろしくも燦然と輝いた。
オバマ゙「む、無闇に魔法を使うのはやめたまえ!
うああああああ!!」
リッチが茂羅乃介の魔法の炎を弾き、オバマ゙は危うくそれを避けた。
茂羅乃介「失礼」
魔法の打ち合いでは相手に分があるとふんだ茂羅乃介は、火の玉を放つのを止め、腰の剣を抜き放った。
茂羅乃介(あのリッチは並のリッチではない。まるでゴーストのように体が透けている。
加えて防御の魔法。
だが、お嬢様に買っていただいたこの剣ならば、あの哀れなモンスターを破壊する事が出来るはず)
茂羅乃介の体中を走る不可思議な模様が輝きだした。
どうやら彼は、自らの剣にマジ力を送り込んでいるようだった。
その剣は、コロールの武器屋に飾られていた。
店の主人によると、冒険者が店に持ち込んだらしい。
アイレイドの手によるものと思われる優美な装飾、普通なら大きな街の武器屋にも売られていない一品だ。
しかもその価格も破格の100G。一般的なガードの給料にして100日分であるが、
アイレイドの武器は、現代では生成不可能な金属で出来ていて、軽くて扱いやすいためにもっと高値で取引されているはずだった。
価格のことを店の主人に尋ねると、意外な答えが返って来た。
「刃が潰れていて切れやせんよ。
どうも造ったときに刃を潰すようにして作ったようだが、なんでこんな有り触れたアイレイドの剣を祭事用のように造ったのか分からん。
金属も溶かせばいろんな種類に分離してしまうから、観賞用としてしか価値はないよ」
この人は何もわかっていないと茂羅乃介は思った。
彼は、この剣の使い方を知っていたのだ。
茂羅乃介(アイレイドは、マジ力を扱う事に長けていた。
マジ力を物質のように安定させ、武器のように使ったのは、彼らの歴史の中でも最も古い時代の事。
そしてこの剣は、彼らにとって近代的な金属を用い、古い技術を組み込んだ武器)
茂羅乃介が剣にマジ力を送り込むと、剣はその機能を稼動させた。
手から剣に伝わるマジ力は、剣内部に張り巡らされた機構に沿って全体にいきわたり、
潰れた刃先ににじみ出て、そこで固定化された。
エネルギーであるマジ力は、単分子よりも薄く刃状に固定化され、
刃が潰れて使い物にならぬと言われたこの剣は、
世界で最も鋭利な剣へと変貌した。
茂羅乃介(この剣によるマジ力の消費など微々たるもの。
このマジ力を武器とする技術が廃れたのは、それを扱うものに戦いの技量と経験が必要とされたため。
圧倒的な技術を持ったアイレイドは、体の鍛錬を怠り、自らの作る兵器のみに頼った結果、手に余る力を作り出してしまい、滅びの道を歩んだ)
茂羅乃介が剣を構えると、リッチは手を高く掲げて不気味な声で呪文を唱え、すぐ側に幽霊体であるレイスを召還した。
レイスもアンデッド系の上位にある強力なモンスターだ。
オバマ゙「まずい。まずいぞ、ドレモラの君!
我輩の斧は、銀の斧でなければエンチャントされた斧でもない!
なんとかしたまえ!」
つまり、オバマ゙の攻撃ではリッチやレイスにダメージを与えられないと言いたいのだろう。
茂羅乃介「分かりました。
ですが、その為にはレイスをリッチから引き離す必要があります」
オバマ゙「……よろしい、では我輩がレイスを引き受けよう。
しかし、なるべく急いでほしい。
なにせ我輩は絢爛豪華なるメメリカ合衆国大統領。最前線にでるのは、ってうおおおおおおおお!!?」
喋っている途中のオバマ゙に、レイスの剣が襲い掛かった。
咄嗟に斧を構えレイスの剣を受け、剣戟の音を鳴り渡らせた。
武器には触る事が出来る、そう確信したオバマ゙はレイスの剣を渾身の力で打ち、その場を離れた。
レイスは完全にオバマ゙に気を取られ、その後を追いすがる。
オバマ゙(これでいいんだろう!?
さっさとリッチを倒してくれよ!ドレモラ!)
茂羅乃介は駆け出した。
マジ力を用い、この世で最も小さい単分子よりも薄い刃を持つ、この世で最も鋭利な剣を右手に構え。
目の前で不気味な声を発し続ける異形のリッチへと。
そのリッチの手からまたしても稲妻が放たれる。
茂羅乃介(構うものか!)
稲妻が茂羅乃介に直撃した。
全力疾走していたところに電撃を受け、体中の筋肉が一瞬硬直し、転びそうになる。
それでも茂羅乃介はなんとか踏ん張った。
鎧は一瞬にして熱を持ち、突進を止められてリッチを睨む茂羅乃介の体から、嫌な蒸気が立ち上る。
痙攣を始めた体中の筋肉に活を入れ、またしても茂羅乃介は駆け出した。
目の前に、リッチが放った、炎や冷気の魔法が飛んできているにも関わらず。
全ての攻撃をその身に受けて、茂羅乃介はようやくリッチを自らの攻撃圏内に置いた。
剣を力任せに握って振り上げ、裂帛の気合と共に振り下ろす。
リッチは体を庇うように構えていた杖をどかし、茂羅乃介の剣を受けた。
半透明の体が引き裂かれる。
しかし、見事にリッチを真っ二つにしたはずの茂羅乃介の表情が曇った。
茂羅乃介(剣に、マジ力が吸い取られた…?)
この剣はマジ力を固定化し、物質化するものだ。
その為、固定化されたマジ力が欠けでもしない限り、マジ力は消費されない筈であった。
茂羅乃介(しかし、例えマジ力の刃が欠けたとしても、これほどの消費は……)
自らのマジ力総量の半分以上を一気に吸い取られ、軽い眩暈を覚えた茂羅乃介。
そして茂羅乃介は見た。
ぼやける視界に映った真っ二つのリッチが、何事もなかったかのように再生したところを。
渾身の一撃がリッチに通用しなかった茂羅乃介と、自らの持つ武器がレイスに効かないオバマ゙が劣勢に立たされているのを、
アルストは隠し通路の中から眺めていた。
アルスト「茂羅乃介もオバマ゙も結構やるが、ありゃやべぇな。
アイツらの攻撃が効いてねぇ」
仲間のピンチを無表情で眺めるアルストの横には、大きな体を恐怖で震わせるオラグが居る。
オラグ「こ、怖いだ…もう絶えられないだ…」
恐怖に震えるオラグは、脂汗を滴らせながら言った。
アルスト「お前はなぁ…
何がそんなに怖いんだよ?お前ぐらい頑丈でパワーがあったら怖いもんなんかねぇだろ」
オラグ「怖いだ…モンスターも……オラの中のなにかも。
オラの中に何かが居るだ!それがオラの体を乗っ取ろうとしてるだよ!」
アルスト「お前の中に、お前以外の何が居るってんだ?」
オラグ「オラにはわかるだ!
このオラの中の何かが出たら、オラ何するかわからないだ……それも怖いだよ!」
オラグは茂羅乃介達の戦いをチラリと見やると、蒼白になって顔を背けた。
アルスト「自分の体くらい根性でなんとでもなるだろ。
怖い怖いなんて言ってるぶんじゃ、ずっとそのまんまだぜ?」
オラグ「…ア、アルストだって…
アルストだって怖いから、オラを逃がすフリしてここに居るんじゃないだすか?」
アルスト「はぁ!?なんだとテメェ!
なんで最強のこの俺があんなザコにビビらなきゃなんねぇんだ!」
そう叫び、アルストは頭を抱えて縮こまるオラグの頭を殴りつけた。
しかしオラグには全く効かず、目をつむっていた事もあって、殴られた事にすら気付いていないようだった。
アルスト「…こんだけ頑丈で、なんでモンスターなんかが怖いんだコイツ…」
呟くようにアルストは言った。
オラグ「?なんだすか?」
アルスト「……おいオラグ!今から俺が、あんなリッチなんかにビビっちゃいねぇってとこを見せてやる!
そろそろ茂羅乃介もやべぇみたいだしな」
見れば茂羅乃介とオバマ゙は、それぞれに熾烈な攻撃にさらされ、体のキレも悪くなり、疲れてきているようであった。
アルスト「茂羅乃介は真っ二つにしてもすぐ再生されて混乱してるみてぇだが、よく見りゃ簡単だ。
俺にはあのリッチの弱点が分かったぜ!」
オラグ「弱点?で、でも危ないだすよ。やめといた方がいいだす」
オラグは本当に心配そうな声でそう言った。
オラグ(アルストはハッキリ言って弱いのに、なんでこんなに自信満々なんだすか?
この前、一緒に買い物に行ったインペリアルシティでオーガが出たときにも、
張り切って飛び出して行った割には、オーガにいいようにやられてただけだっただす…)
アルスト「余裕だ!いいからよく見とけオラグ!
リッチなんて怖くもなんともねぇんだよ!」
アルストは剣を手に構えると、茂羅乃介に攻撃しているリッチに背後から襲い掛かった。
茂羅乃介(もうマジ力も尽きる!このままでは打つ手がなくなる!
王が私を信頼し、このモンスターの破壊を命じたというのに、私はその期待に答える事すらできないのか!)
オバマ゙(なにやってるんだ、あのドレモラはあああああ!!
完璧にピンチじゃないかああああああ!!)
リッチは相変わらず不気味な声で不気味な言葉を発している。
そして杖を茂羅乃介に向け、今までにないほど大きなマジ力を練って魔法を行使しようとした。
最後の抵抗をと、捨て身の攻撃に移ろうとした茂羅乃介の目に、突如としてアルストが映りこんだ。
アルストは、背後からリッチに奇襲をかけたのだ。
リッチの半透明の体を、アルストの剣がすり抜け、その先にあった杖を真っ二つに切り裂いた。
茂羅乃介(駄目だ、王の剣は銀製でもエンチャントされたものでもない。
あれではダメージを……)
与える事が出来ない。と、茂羅乃介が思ったときだった。
リッチが囀る不快な声が、断末魔の悲鳴に変わり、その半透明の体は空気に溶ける様に消え去った。
そして、召還されたレイスも悲鳴を上げて消えて行った。
アルスト「はっははははははああああ!!やっぱり俺は最強だ!」
茂羅乃介「な、なぜ?あなた様の剣ではリッチにダメージを与える事は…」
アルスト「まだまだ修行が足りんな茂羅乃介。
あのリッチの正体は、アイツが持ってた杖だ。だから杖をぶった切った。
お前の最初の攻撃で、あのリッチは杖を剣の当たらないとこに必死こいて逃がしてたし、
その後も剣筋から杖をそらすようにしてたから、余裕で分かったぜ」
茂羅乃介「な、なんと!では半透明のあの体は目くらましでしたか!」
アルスト「ああ。多分、魔法のな。
んで、その魔法で出来た体に防御の魔法かけて、普通の武器での手応えまで演出してたんだろ」
茂羅乃介(なるほど。流石はこの世の王。私が戦う様を見ただけでそこまで分かってしまうとは。
だからマジ力を消費しないはずのこの剣が、マジ力をあれほど消費したのか。
マジ力の刃をマジ力の塊である魔法にぶつければ、相殺され、消える。
そして剣は消えた部分を補おうとし、私からマジ力を吸い上げる。あれほど高度な魔法体を切ったのだ。この消耗も頷ける)
そしてアルストは、未だに隠し通路に居るオラグの方をむき、勝ち誇ったように言った。
アルスト「どうだオラグ!見たか俺の実力を!
俺にかかればリッチなんてこんなもんだ!」
オラグは通路から歩み出た。その体はまだ恐怖によって、小さくだが震えている。
オラグ(よ、よかっただ〜。リッチの正体は杖っていう、アルストの勘が当たって。
もしも勘が外れて、マトモに戦ってたら……アルストなんて真っ先に殺されてただよ…)
オラグ「よ、よかっただすね。アルスト」
アルスト「何がよかっただ!テメェ、まだ俺の実力を疑ってんのか!?」
オラグ「そ、そうじゃないだすよ。アルストは、つ、強いだす」
アルスト「そうだ分かればいいんだ!俺が最強だってことがな!
ははははあああっはははははは!」
アルストが高笑いをするその様子を見ていたオバマ゙は思った。
オバマ゙(アイツまた横から手柄を持っていきやがった!
さっきも、俺が見つけた高そうなモニュメントを横取りしたし!
……なにが最強だ!最強だったら隠れてないで最初から戦えよ!
不意打ちのチャンス狙ってただけだろうがああああ!!)
そんなこんなで、それぞれが違ったアルストへの評価を胸に秘め、
一行は遺跡のさらに奥へと足を踏み入れて行くのであった。