茂羅乃介は、投げ渡された光る玉に視線を落とし、言った。
茂羅乃介「これは…まさか!お嬢様のSigilStoneでは?!
なぜこのような事を!
デイゴンが再び現れる事とお嬢様と、どのような関係があるというんです!」
激しい感情をむき出しにすることなど、こちらの世界に来てから今まで一切なかった茂羅乃介が、激情に囚われている。
サラの父親は、その様を見て大きく頷いた。
サラ父「いい反応だ。すでに影響がその身に現れているようだな。
自らより地位の高いものに逆らう事など出来ぬように、デイゴンに作られたドレモラが、激情に駆られて怒っておる。
この、我のように」
茂羅乃介「……!
も、申し訳ありません」
サラ父「なにを謝るか。謝る必要など無い。
我にもその感情はよく理解できるぞ。
最愛の者を理不尽に奪われる怒りはな」
オラグはサラの父親が言った言葉に、見も凍るような恐怖を覚えた。
オラグ(最愛の者を…奪われる?
まさかサラが、死んじゃったんだすか…?)
刹那に過去の情景がオラグの脳裏をよぎり、内なる何かが外に出られるとほくそ笑んだのが分かったが、
オラグは無意識にそれすらを抑えるほど、ただただ失う事は恐ろしい、嫌だ、と思っていた。
自分の思い出の中で楽しいと思えるのは、たった2つの限定された期間だけ。
1つは幼少期、自分の生まれ育った村の思い出。
もう1つは、天空の城に住むようになってからこれまでの思い出。
そしていまその思い出が否定され、それは嘘だと言われた気がした。
それはオラグにとって逃げ出す事も出来ない恐怖。
今まで彼は、その楽しい思い出のある場所、自分が居ていい空間の天空の城へ逃げれば、
「きっと誰かが何とかしてくれる」「自分を認めてくれる頼もしい仲間達が居るから、これでもいいんだ」と、心のどこかで思っていた。
頭で考えた事はなかったが、心はいつもそうであった。
だが今は、逃げてもサラは戻ってこない。
自分に自信の無いオラグは、すがるものを無くし、どうしてよいか分からなくなってただただ呆然とその場に立っていた。
茂羅乃介「今すぐにお嬢様を元通りにしてください」
ショックを受けて固まるオラグとは裏腹に、落ち着きを取り戻した茂羅乃介が漠然と言った。
オバマ゙(元通りにって…壊れたから直すってみたいにはいかないだろ。やっぱりドレモラは人とは違うんだな。
それより早くここから逃げ出す方法を考えよう。アイツはヤバそうだ。
でも、動いたら標的にされそうなんだよなぁ…)
オバマ゙も、茫然自失のようになったオラグとはまた違った理由からだが、同じようにその場に突っ立って動けずにいる。
サラ父「元通りにはゆかぬ」
サラの父親は、踵を返して茂羅乃介に背を向け、言った。
元には戻せないと言われ、またしても感情が爆発しそうになった茂羅乃介であったが、
自分でも困惑しそうなその気持ちを腹に溜め込んで、遠ざかるサラの父親に追いすがるように言った。
茂羅乃介「それは…!
…どういう、事です?」
サラ父「既にサラの力は我が手の内にある。元には戻せぬ。
そして、我がそのSigilStoneを戻す事は、出来ぬ」
茂羅乃介「…?
失礼ですが、私にはお館様がおっしゃられる言葉の真意が理解できかねます」
背を向けたまま、1歩2歩と歩んでいたサラの父親は、また向き直って何かを思案し言った。
サラ父「……
茂羅乃介よ、お前にその役目を与えよう。
我には…」
そこでサラの父親の体に異変が起きた。
体を大きく仰け反らせたかと思うと、脱力しうなだれたのだ。
見れば、その胸に剣の刃が生えている。
そして、その背後からアルストの笑い声が響いた。
アルスト「はあああああああああああああっはっはっはっはっは!
これで決着着いたなクソオヤジ!
俺の勝ちだ!!」
何が起きたのかと目をパチクリさせた茂羅乃介であったが、すぐにその状況を理解した。
アルストが、サラの父親の背後にいつの間にか忍び寄り、不意を突いて剣で胸を一突きにしていたのだ。
茫然自失だったオラグと、足がすくんで動けなかったオバマ゙も、あまりの事に驚いて我に返った。
茂羅乃介「お、王よ!まだ5分経っていませんが!?」
茂羅乃介は、状況は理解できているようであったが、やはり驚きは隠せぬようで、少しズレた事を言ってしまった。
アルスト「マジでか?すまんすまん、俺の時計がくるってたみたいだ。
はっはっは!」
オラグ(あぁ……もうアルストがただのチンピラにしか見えないだすよ…)
オバマ゙(アイツまたやりやがったあああああああ!
しかも最後の最後なのに不意打ちするのかよ!)
アルスト(5分でサラ返したら見逃すなんて約束、最初から守る気なんてねぇ。
茂羅乃介たちには悪いが、先に行かせたのはこのクソオヤジの気を引かせる為だ。
マトモにやっても俺が勝つのは目に見えてるが、めんどくせぇんだよな。
それにしても、こんな見事に喰らうとは、クソオヤジ弱くなったんじゃねぇのかwwww)
アルストはひとしきり笑い、サラの父親の胸に刺した剣を引き抜いた。
サラの父親は、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちて動かない。
その様を見届けた後、倒れたサラを起こそうと、抱き起こして名を呼んだ。
しかし、その体はすでに冷たく冷えきっていた。
アルスト「おい!茂羅乃介!
さっきお前らサラを元に戻すとか言ってたが、本当にできるんだろうな!」
サラは死んでいるかのようにピクリとも動かず、氷のように冷たくて、焦ったアルストは怒鳴った。
その様子を見たオラグも、サラの元に駆け寄って、何度もサラを呼んだ。
茂羅乃介「はい。心配は無用です。
…ですが王よ。お館様に対して、このようなことは…」
アルスト「戦いはいつも無情なんだよ!
そんなのはどうでもいい!さっさとサラを生き返らせろ!」
茂羅乃介「戦いは…無情。……確かに。
…お嬢様は死んだわけではありません。
これを。お嬢様のSigilStoneをお使いください」
茂羅乃介は不意打ちの件をアッサリ納得し、手の中で怪しく光るSigilStoneを差し出した。
アルスト「コレか!
……?
なんかコレ、見覚えあるな…」
茂羅乃介「はい。
お嬢様の話では、そのSigilStoneは王とはじめてお会いになられたオブリビオンの物であったそうです」
SigilStoneを見つめるアルストの表情が恍惚とし、呆けたようにアルストは言った。そして…
アルスト「あぁ…クヴァッチのか。
そういや…あの時はクヴァッチの女を手に入れるのに必死で…忘れてたな…」
ゴックン、とアルストはSigilStoneを一飲みに飲み込んだ。
茂羅乃介「!?」
オバマ゙「なんで食べるんだアアアアアアアアアアアア!!
…あ」
皆はアルストの奇行に一様に驚き、
思った事をついつい口に出してしまったオバマ゙は、ばつが悪そうに口をつぐんだ。
オラグ「なにしてるだすか!アルスト!」
アルスト「や、やっべ…
なんか、無意識のうちに飲んじまった」
正気を取り戻したアルストは、喉に指を突っ込んで、飲み込んだSigilStoneを吐き出そうともがいた。
そしてその体が大きく仰け反る。
アルスト「ゔ!?」
吐瀉物を撒き散らすのかと、皆はその場から一歩後ろに後ずさりした。
だが、アルストは空中に浮かんでいるかのように脱力し、うなだれた。
その胸の、心臓がある辺りから刃物のようなものを生やして。
そして、その背後からサラの父親の唸る様な声が響いた。
サラ父「戦いは常に無情、だったか?蛆虫」
それはまさに、先ほどアルストがサラの父親に行った不意打ちと同じものだった。
アルスト「く、クソ、オヤジ…?
なんでだ…?さっき俺は、確かにお前を…」
サラ父「我が貴様の存在に気付いていないとでも思ったか」
サラの父親はアルストの背を思い切り蹴り、長刀のような武器をアルストの体から引き抜いた。
蹴られ、体を支えていた長刀を引き抜かれたアルストは、ドサリと前のめりに倒れこむ。
震える体を立たせようとするがうまくはいかず、心臓を貫かれたアルストはそれだけで体力を失い、力尽きて動かなくなった。
オラグ「アルストー!」
今度は驚きで動かなかったオラグも、倒れこんだアルストに駆け寄り、力なく横たわるその体を抱きかかえた。
サラ父「…まさかSigilStoneを飲むとは思わなんだ。これでは手に負えぬ。
我はオブリビオンに戻り、対抗策を見つけてこよう。
茂羅乃介、それまでにそこに転がる蛆虫と邪魔なものを片付けておけ。すぐに戻る」
長刀を一振りして風きり音を唸らせ刃に光る血を払うと、サラの父親は壁に向かって意識を集中し始めた。
ここでオブリビオンゲートを開くつもりらしい。
オラグはなおもアルストを揺さぶった。
胸からは大量の血が溢れ、耳を当ててみたが心音はしなかった。
だが、
それでも、
唐突にアルストは動き始めた。
おかしな動きでギクシャクと、「死んでいるはずだ」と驚きに固まるオラグの手を払い、立ち上がった。
そして、それこそ操り人形のように大きな身振り手振りで、壁に向かって意識を集中させているサラの父親へと歩みより、
おかしな動作で剣を腰から抜き放った。
オバマ゙(やるのか!?
またやるのか!?)
アルストは、震える手で剣の切っ先をサラの父親の背に狙い定め、
オバマ゙の予想通り、
そのままサラの父親へと剣を突き刺した。
サラ父「!?
な、に…?心の臓を貫かれれば、常命の者は……
まさか…」
再度、背から胸を貫かれたサラの父親は、苦しそうに呻きもがくように腕を動かした後、
アルストの剣に貫かれたまま半透明になってゆき、最後にはその姿がこの世界から消え去った。
オバマ゙(またやったああああああああああ!!
結局、一切戦ってないぞあの二人!
後ろからお互いに不意打ちで刺し合っただけだ!
なんでマトモに戦わないんだああああああああああああ!!くそおおおおおおおおおおおおお!!)
心臓を貫かれたアルストがなぜ生きているのか、などという疑問すら浮かばぬほど、
オバマ゙は心の中で盛大にツッコミを入れ、彼らが戦わない事に対し、なぜか悔しそうだった。