サラの父親を背後から刺したアルストの動きが、明らかに不自然だ。

直立している事が困難なのか、バランスを崩しフラフラとしている。
そしてその目は中空をせわしなく彷徨い、一点に視線をとどめる事も無かった。
まるで、本当に操られているかのように。

 オバマ゙(よく考えたら、今は逃げる大チャンスじゃないか!)

アルストは異様な様子で危なっかしく剣を鞘に収めようとしている。
茂羅乃介とオラグは、そんなアルストに気を取られ、オバマ゙の事など既に眼中にない。

それを好機とみたオバマ゙は、コソコソとその場から退散しようとして出口に目をやり、もう一度アルストたちを振り返り、

 オバマ゙(ああああああああああああああ!
  何やってるんだよアイツら!声ぐらいかけてやればいいだろ!)

茂羅乃介とオラグが、異常なアルストにまだオロオロとしているだけだったところを見て、
居ても立ってもいられなくなり、ついつい声をかけてしまった。

 オバマ゙「君。卑怯n……不意打ちの得意な君。
  大丈夫かね、しっかりしたまえ」

オバマ゙は懐からポーションと気付け薬を取り出し、アルストの口にポーションを突っ込んで飲ませ、気付け薬を鼻から吸引させた。
彼は、ここに住み着いていた山賊たちから選ばれ、その代表にまでなった男だ。
そして先ほども、仲間を殺されたと怒り、アルスト達から逃げるのを忘れ、リッチに襲い掛かってしまったところを見ても、
元来から仲間思いであり、世話を焼いてしまうタイプなのだろう。
例えそれが、罠にハメて殺してやろうとまで思った相手であったとしても。

気付け薬を嗅がされたアルストは、中空を彷徨わせていた目をきつく閉じ、むせた。
次に目を開けたとき、その目は目の前のオバマ゙を真っ直ぐに見据え、虚ろだった表情もいつものものに戻っていた。

 アルスト「っ…、鼻が、いてぇ」

 オラグ「アルスト!正気に戻ってくれただすか!」

 アルスト「?…正気?……あ。
  クソオヤジはどこ行った?!あの野郎は許せねぇ!いきなり後ろから刺しやがって卑怯者が!
  …って、俺はどうなってんだ?刺されたんじゃねぇのか?」

アルストは自分の行った行為を当然とばかりに棚に上げ、サラの父親を卑怯者だと非難した。
そして刺されたはずの部分をまさぐる。

刺されたのは心臓辺りで、皮鎧には確かに筋状の穴が開いているが、その中の肉体には何の損傷も無い。
それどころか、先ほどまでは噴き出した大量の血で、着衣は真っ赤に染まっていたのだが、それすら跡形もなく消えていた。

 アルスト「マジか。いつの間にか俺もカイムみたいな不死身になってたのかよ。
  こりゃもう俺、最強すぎるだろ」

 サラ「はいはい。そんなことはいいから、早く私にSigilStone返してよ」

 アルスト「そういやそうだったな。ちょっと待ってろサラ。
  すぐに生き返らせてやる。
  …って、待てええええええええええええええ!」

唐突に、サラの声がごく自然に会話の中に入り込んできた。

死んでいるはずのサラと普通に会話してしまったと思ったアルストは、サラが寝かされていた場所を振り返った。

サラの体は、まだそこに寝かされている。
どういうことだろう、とサラの顔を覗き込んだ。

 サラ「なに?ジロジロ見ないでよね」

サラの目は開かれており、赤と青の瞳はアルストを見つめている。
だが、間違いなく声はサラから発せられているものの、口はピタリと閉ざされたままであった。

 アルスト「うお!?
  お、お前、喋る時は口動かせよ」

 サラ「SigilStoneがないと動かせないの。
  私にはドレモラの血とインペリアルの血が流れてるから、その拒否反応が出てるみたいなのよ。
  オブリビオンに居ればドレモラの血が強くなって、インペリアルの血を抑えられるからいいんだけれど、
  こっちの世界ではインペリアルの血が強くなって拒否反応が出ちゃうの」

 茂羅乃介「インペリアルの血は、ドレモラの血を強く拒み、弱ったドレモラの血を押し出そうとしてしまうのです。
  ですからSigilStoneを用い、インペリアルの血を変性させ、拒否反応を消さねば、お嬢様の体は崩壊してしまうでしょう」

 サラ「それに、今は私の意識までSigilStoneの中に入っているみたい。
  早くしないと私の意識まで変性されちゃうわ」

 アルスト「そりゃやべぇな。んじゃさっさと……あ」

アルストは思い出した。
SigilStoneは、自分が食べてしまったという事を。

 オラグ「早く吐き出すだすよ!」

 アルスト「よ、よし!」

 サラ「…吐き出すのは無理よ。
  SigilStoneは今、あんたの心臓の代わりをしてるから」

 アルスト「は?俺の?」

 サラ「ええ。さっきあんたが心臓を刺されてクソオヤジに殺されたから、私がSigilStoneにその代わりをさせてるの。
  あと、あんたの意識が無い時にだけど、体も操らさせてもらったわ。
  …クソオヤジが何をしたかったのか知らないけど、自分勝手ばかりして……後ろから刺してやったらせいせいしたわ」

アルストは自分の心臓が気になって、手を当てた。
トクントクンと、規則的に心音を感じる。一安心したアルストだったが、これはまずい事になったと気付いて舌打ちをした。

 アルスト「じゃあ別に俺は不死身なワケじゃないんだな?
  って事は、お前にSigilStone返したら、俺死ぬんじゃねぇか?!」

 サラ「大丈夫よ」

 アルスト「な、なんだ。なんとかなるのか」

ホッと胸を撫で下ろすアルスト。

 サラ「だってあんた、あんな大きな空の星と正面衝突しても死ななかったじゃない。
  それどころか星の方が粉々に砕けたのよ?
  心臓が無いくらいで死ぬわけないじゃない。…ね?
  だから早く返して」

 アルスト「……そりゃそうだ。
  って、なるかああああああああああ!
  あんなもん星よりHP高けりゃ誰だって出来るんだよ!
  心臓が無かったら、いくらなんでも死ぬだろがああああああああああ!」

 サラ「星よりHPが高いってどういう状態なワケ!?
  …もう!いいでしょ別に!早く返してよ!どうせもう一回死んでるんだし!
  早くしないと私の体が崩壊して、意識まで変性されちゃうわ!」

 アルスト「じゃあちょっと待ってろ!
  最近オブリビオンゲートがあちこち開いてるから、そっから別のSigilStone取って来てやるよ!」

 サラ「あんたの心臓にあるSigilStoneじゃなきゃ意味が無いの!
  私の意識がその中に入ってるって言ったでしょ!」

 

 

 茂羅乃介「お2人とも、落ち着いてください」

アルストとサラが、生死を賭けた熾烈な言い争いをする中、茂羅乃介は何とか2人を落ち着かせようと試みた。

だが2人は必死で、その声に耳を傾けようともしない。
どうしたものかと茂羅乃介が考えをめぐらしていると、壁の近くでカンカンと何か硬いものが跳ねるような音が聞こえた。

そちらの方を振り向けば、黄色と黒が混ざったような、不思議なオーラを放つ玉がコロコロと転がっているのが見える。
すかさずオバマ゙が疾風のような速さで、その玉を拾い上げた。

 オバマ゙(なんだコレ?見たことない玉だ。ここの宝か?
  まぁこの事件も、あの2人のどっちかが死んで決着着けば無事に終わるだろうし、コレを持って行くか。
  さっきの高そうな彫刻も、あのアルストって奴に取られたしな)

オバマ゙は黄色と黒に輝く玉を売るつもりのようだ。

だが、

 茂羅乃介「オバマ゙どの、その玉を渡してください」

茂羅乃介に声をかけられて、オバマ゙の企みは失敗に終わった。
見えない所で露骨に嫌な表情をしたオバマ゙だったが、茂羅乃介の振り返るその表情は朗らかなものだった。

 オバマ゙「おお、ドレモラの君か。
  コレが欲しいのかね?いいだろう。
  我輩は潤沢なるメメリカ合衆国大統領。独り占めなどしない」

そう言うと、オバマ゙は優雅な仕草で茂羅乃介に玉を渡した。

 

 

 茂羅乃介(コレは…輝きこそ違うものの、紛れもなくSigilStone。
  だが、この輝きは一体…?
  SigilStoneは通常、赤の光を発するが、お嬢様のSigilStoneもお嬢様の体に順応したためか、不思議な光を発していた。
  ならばこれも… いや…なるほど、そういうことですか)

茂羅乃介はそのSigilStoneを持って、まだ言い争いを続ける2人に歩み寄った。

 オラグ「2人とも!もうこんな争いはやめてほしいだ!オラ見てられないだよ!」

オラグの悲痛な叫びを無視し、アルストとサラの熾烈な言い争いは、ついに最終局面を迎えようとしていた。

 サラ「もういいわ!心臓止めてやるから!」

 アルスト「なんだと!?ちょ、待っ…っ!?
  ぐおおおおおお!心臓が止まるうううううう!
  くそおおおおおおおおおおおお!さ、させるかああああああ!」

 サラ「っ!?
  魔法もマトモに使えないのになんで抵抗できるの!」

 アルスト「ぐぅぅうううう…!は、はっはっははは!
  俺を甘く見るなよサラ!俺は最強だ!なんでもできるんだよ!」

 茂羅乃介「お取り込み中のところ、申し訳ありません」

 アルスト「なんだ!今忙しいんだ!用があるならさっさとしろ!」

 茂羅乃介「はい。
  王よ、このSigilStoneをお使いください」

茂羅乃介は、黄色と黒に輝くSigilStoneをアルストに差し出した。

 アルスト「これSigilStoneか!?」

 サラ「さすが茂羅乃介ね!
  アルスト、SigilStoneを飲み込んで!そのSigilStoneをあんたの心臓の代わりになるようにするから!
  そうしたらすぐに私のSigilStoneを体から取り出して、私に返して!」

 アルスト「…どうやって取り出すんだ?」

 サラ「ああもう!茂羅乃介!私が合図したらアルストからSigilStoneを取り出して!」

 茂羅乃介「承知しました」

そしてアルストは茂羅乃介から受け取ったSigilStoneを一飲みに飲み込んだ。
胸が痛むのか、苦しそうに呻いて膝を突く。

 

 

しばらくしてアルストが苦しみから開放され一息ついていると、
サラから合図を受けた茂羅乃介が、魔法の力を借りてアルストからサラのSigilStoneを取り出した。

 アルスト「よ、よし。で、これをどうすればいいんだ、サラ?」

 サラ「……」

サラはアルストの問いかけに答えなかった。
ふと見れば、先ほどまで見開かれていた瞳も閉じてしまっている。

 茂羅乃介「お嬢様は王の体のマジ力を使い、自らの体と接触を取っていたのでしょう。
  ですが今はSigilStoneが体の外に出ているので、喋る事も出来なくなっているようです。
  王よ、お嬢様の体にSigilStoneを当ててください。そうすればSigilStoneはお嬢様の体の中に還るでしょう」

アルストは茂羅乃介に言われるがまま、サラの体にSigilStoneを戻そうとした。

だが、その手が一瞬止まる。

 アルスト(クックック……まぁ、事故が起きてもしょうがねぇよな)

 アルスト「ははああああっはっはっははは!
  サラ!今生き返らせてやるぜ!俺に感謝しろよ!」

アルストの止まっていた手が大きく持ち上げられた。
そして、手の中の紫に輝くSigilStoneをサラの胸目掛けて勢いよく押し込んだ。

 アルスト「ああ!
  手が滑ったああああああああ!!」

と、ワザとらしく叫んだかと思うと、アルストはSigilStoneを押し込むのとは別の手で、
サラの胸を揉みしだいた。

 

 

サラの目がカッと開かれると、アルストは手を素早く離した。

 アルスト「よう、サラ。気分はどうだ?」

立ち上がったサラの体から、留めようのない赤いオーラが立ち上る。

 サラ「………」

空気は重く、どこかで放電でも起きているのか、パリパリと小さな音が鳴っている。

 オラグ「あわわわ…ア、アルスト、謝った方がいいだすよ」

 アルスト「お、おいおい。何言ってんだよオラグ。
  さっきのは事故だぜ?手が滑っちまったんだよ。あのシチュエーションじゃよくあるじk……」

サラは微笑を浮かべ、アルストの言葉を遮って言った。

 サラ「気分?気分は最高よ。
  だって…」

 

 

サラの表情が鬼の形相へと瞬時に変わった。

 サラ「今日、女の敵を一人、退治できるんだもの!!」

サラは赤いオーラだけを残し、アルストの真ん前に、右手を握って天高く掲げた状態で瞬間移動した。

そこにはもうアルストの姿は無い。どうやら、もう既に殴られた後のようだ。

天上が轟音を上げて崩れ落ちる。アルストはアッパーカットを喰らい、天上を突き破って飛び去ったらしい。

サラはその天上を睨み付け、両手を腰だめに構えると、崩れる天上に向かってジャンプした。

殴り飛ばされたアルストを追い、天井を突き破りながら遺跡から出たサラは、どこまでも青い空に漂うアルストを見つけて追い討ちの蹴りを食らわした。

 

それはまるで、スーパーサイヤ人とミスター・サタンが戦っているようだった。

戦いと言っても、サラが一方的に攻撃しているだけで、アルストはぶっ飛ばされているだけである。

 

 

 

そして、ヴィルヴァリンは崩壊した。

崩壊する遺跡から茂羅乃介、オラグ、オバマ゙の3人は命からがら脱出し、
そこでサラがアルストにトドメの一撃のようなものを喰らわす場面に遭遇してしまった。

アルストは最後の一撃で、天高く舞い上がって行った。

 オラグ「アルストが星になっちまっただ!」

 茂羅乃介「お、お嬢様。向こうの山が半分崩れていますが…」

 サラ「全部アルストのせいね」

 

星になっていたアルストが、ヒュルルと落ちてくる。その体は空気摩擦で燃えていた。
ドオンと地鳴りを響かせ、クレーターまでこしらえて、アルストは地面に激突した。

そして、クレーターから這い出て言った。

 アルスト「だ、だから、アレは事故だって言ってんだろ……」

 オバマ゙(生きてるううううううううううううう!)

コソコソと、見つからぬようにその場を離れ、様子を伺っていたオバマ゙が普通の人の反応を示した。
だが、便利屋の一同はアルストが生きている事に疑問すら抱いていない。

 サラ「アレが事故?…まだ、認めないのね?」

サラが拳を構えると、アルストはこれ以上殴られてはたまらないと、攻撃を回避するために立ち上がろうとした。

 アルスト「ま、待てサラ!
  っと、なんだ?」

だが、どうしても立ち上がれずに転んでしまう。
足に違和感を覚えたアルストは、不思議に思って自分の足を眺めた。

 アルスト「な、なんだこりゃああああああ!いてえええええええ!」

アルストの足は、あらぬ方向へと曲がっていた。

 

 

 

 茂羅乃介「折れています」

 サラ「え?!今までこのくらい平気だったのに。
  …もしかして、私強くなってる?」

 茂羅乃介「お館様は、お嬢様から力を奪った、と言っておりましたが…手違いでもあったのでしょうか」

 アルスト「そんな事はどうでもいい!マジでいてぇ!
  おいオラグ、俺をおぶれ」

オラグは言われたとおりにアルストをおぶったが、アルストは痛い痛いと暴れた。

 アルスト「クソオヤジも殺したし、さっさと帰るぞ。
  いてぇし」

貴重なアイレイドの遺跡を破壊し、周辺の環境まで破壊した便利屋たちは、そそくさとその場を後にした。

気が付けば、オバマ゙は既に逃げたらしく、その姿はどこにも無かった。

 

 

 

そしてその道中――

 サラ「クソオヤジはあの程度じゃ死なないわ」

 茂羅乃介「はい。おっしゃる通りです、お嬢様。
  王に渡したSigilStone。アレはおそらく、お館様が用意してくださったのでしょう」

 アルスト「なんだと!っいてて…
  ま、まぁいい。もうめんどくせぇし、あのSigilStoneで手打ちにしてやる。
  足もいてぇしな」

 茂羅乃介「そうですか。それはよかった。
  私は心配だったのです。
  お館様と王が本気で戦われたら、この脆い世界などいくつあっても足りませんからな」

 サラ「まだアルストが強いと思ってるの茂羅乃介?
  アルストはタフなだけで弱いのよ」

 アルスト「お前が分かってねぇよ!俺は最強だ!
  いて!揺らすなオラグ!」

 オラグ「アルストが勝手に揺れてるんだす!」

そして、その道中にサラは気付いた。
茂羅乃介の表情がいつもより和らいでいる事に。

茂羅乃介は、サラの記憶にある中ではほとんど無表情であり、怒る事はあっても表情が和らぐ事など無かったのだ。
ドレモラは笑う事などない、と教えられていたサラにとって、今の茂羅乃介の表情はとても新鮮に映り、

不変と言われるドレモラでも変わる事ができるのか、と思えて少し嬉しく感じていた。

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