♪音楽ストップ

 

宿屋の部屋へと戻ったリンは、自身には大きすぎるベッドに上がり、座り込んでため息をついた。
どこからともなく、ハエ取り蜘蛛の蜘蛛悟郎が現れ、リンの横へと這って来て言った。

 蜘蛛悟郎「大丈夫でヤンスか?」

 リン「うん、多分。・・・はぁ・・なんですぐこうなっちゃうんだろ?
  みんなに迷惑かけて・・・もういや・・・」

最近リンはいつもこうだった。
ちょっとした事で気持ちが落ち込んでしまい、何もする気が起きなくなって、ただただボーっと過ごしてしまう。

そしてリンは、そんな自分が大嫌いになっていた。

 リン(誰かの役に立ちたいって思って、便利屋に入ったのに、皆に迷惑をかけてばっかり・・・
  皆は優しいから何も言わないけど、きっと嫌だよね。こんな私・・)

何かをしなければ嫌われる、でも何も出来ない。
そう考えると、さらに気持ちは落ち込んでいった。

 蜘蛛悟郎「ボクチンのせいやね・・・」

 リン「え?」

 蜘蛛悟郎「あのとき・・・テツヲ君が崖から落ちるとき、ワスがリンちゃんを止めたっぺ。
  あのときオイどんが止めていなければ、もしかしたらテツヲ君を・・・」

 リン「違うよ蜘蛛悟郎!
  ・・・悪いのは私。私が悪いの。
  スパイダー・リンでも、あの距離じゃテツヲ君は助けられなかったし、もしかしたら勢い余って私もテツヲ君と一緒に落ちてたかもしれない。
  蜘蛛悟郎は悪くないよ。私を助けてくれたんだもん。
  ・・・悪いのは、変身しても弱い、私だよ・・・」

重苦しい沈黙が流れる。

すると窓の外から、ワーワーキャーキャーという声が聞こえた。
なんだろうと思うリンだったが、もはやそちらを振り向く事すら億劫だった。

 

 

しばらく蜘蛛悟郎と一緒に、何をするでもなくただ座り込んでいたが、ドアを勢いよく開ける音がして静寂は破られた。

 ウルフマン「こんなところで何をしているのだスパイダー・リン!!」

驚いてドアの方を見ると、ドアの向こうにはウルフマンとウルフウーマンが居て、決めポーズを取っていた。

 

 

ウルフウーマンはなぜか箒を担いでおり、ウルフマンに至っては、なぜかナイフとフォークを構えている。
この登場の決めポーズには流石のリンも驚き、あなた達こそ何をする気ですか、とツッコミそうになった。

 リン「ウルフマンにウルフウーマン?!
  ど、どうして私がスパイダー・リンって知っているんですか!」

 ウルフマン「は?!
  い、いや!そ、それは・・・そうだ!
  それは簡単なことだ!
  なぜなら!」

 ウルフウーマン「正義の味方は!」

 ウルフマン「なんでも知っているからさ!」

決めポーズを決めたまま、力強く宣言したヒーロー2人を見て、感心したようにリンは言った。

 リン「凄い・・・本物の正義のヒーローは、本当になんでも知ってるんですね」

リンの声に力は無く、消え入りそうであった。

 ウルフウーマン「何を言うのスパイダー・リン。
  あなただって、本物の正義のヒーローじゃない」

 リン「私は、ニセモノです。
  ただ・・・ちょっとだけ変身できて、勝手に正義のヒーローを名乗っていただけで。
  実際には誰も助けられない、ただの弱い人間なんです」

 ウルフマン「・・・・・・
  スパイダー・リン。
  君が思うヒーローとは、どのようなものなのかね?」

 リン「え?それは・・・あななたちのような。
  何でも知っていて、とにかく強くて、何があっても絶対に負けない。
  人々を守る正義の・・・」

 ウルフマン「そう、それこそヒーローだ」

ウルフマンは胸を張って言い切った。そして表情を和らげ、続けて言った。

 ウルフマン「だがな、スパイダー・リン。
  我ら2人もまた、ただの弱い人間だ」

 リン「・・・?」

 ウルフマン「君と同じさ。
  しかし、傍から見れば我らはヒーローなのだろう。
  それがなぜだか分かるかね、スパイダー・リン?」

リンはその時、ウルフマンは何を言っているのだろうと思っていた。
彼女から見たウルフマンやウルフウーマンは、まさに完璧なヒーローだったのだから。

困っている人や悪人が現れると、彼らはどこからともなく必ず現れて問題を解決し、颯爽と去って行く。
そこに敗北はありえず、絶対正義な彼らの声が響いただけで、スパイダー・リンをやっていたリンですら安心してしまっていたほどだった。

それにスパイダー・リンの正体が自分である事も見抜かれていた。
彼らは、本当に何でも知っているのだ。

 リン(私も正義の味方は何でも知っているって言った事はあるけど、
  アレは、本当は嘘で、その場のノリで言ってただけ。
  でも本当の正義のヒーロー、ウルフマン達は私の正体を知っていた。でも私はウルフマンの正体を知らない。
  それは、私がニセモノだから)

リンが答えずにいると、ウルフマンは微笑んで言った。

 ウルフマン「それはなぜか。
  それは我らがヒーローを演じていたからだよ。スパイダー・リン。
  ヒーローとは、偶像なのだ。
  我らは人々のピンチを救い、そして自分が何でもできる正義のヒーローだと勝手に名乗っている。
  すると人々はそれを信じ、我らが何でもできる正義のヒーローなのだと信じ込む。
  我らも人々と同じ、弱い1人の人間であるにも関わらず」

 リン「そ、それは違います!あなたたちが弱いだなんて!
  だって私は、あなたたちが現れると、それだけで安心して・・・!
  それにそんなことを演じてどうするんですか!正義のヒーローだって信じ込ませても、そんなの意味がありません!」

 ウルフマン「意味はあるんだ。スパイダー・リン」

 リン「・・・?」

 ウルフマン「我らが嘘をつくことで、人々に希望を与える事ができる。
  嘘を本当のように見せ、我々が何でもできる正義のヒーローであり続ければ、人々は我々を見て希望の光を見いだすんだ。
  そして、それはいつしか勇気へとかわる。我々はそう信じている。
  だから血反吐を吐くほど辛くても、足がすくむほど怖くても、人々の前では胸を張ってこう言うのさ。
  我々が来たからには、もう安心だ!と、ね。

  ・・・・・・

  スパイダー・リン。我々はもう行かなくてはならない。
  もしも今、君が正義のヒーローを続けるかどうか迷っているのなら、一度思い出してほしい。
  君はなぜ正義のヒーローに・・・・いや、君がなぜ戦う事を決意したのかを」

 

 

 

それだけ言うと、ウルフマンとウルフウーマンは風のように去っていった。

 リン(やっぱり凄いよウルフマンは。
  私が正義のヒーローをやめようとしてるの、分かっちゃうんだもん。
  ・・・・・・・
  でも・・・ウルフマン達、いったい何をしに来たんだろう?)

窓の外からはまだワーワーキャーキャーという悲鳴のような歓声が上がっている。
心なしか、窓から差し込む光が赤くなっているような気もする。

そして、窓の外を覗き込んだ蜘蛛悟郎が、素っ頓狂な声を上げた。

 蜘蛛悟郎「あああああ!!な、なんじゃありゃあああああ!
  アレはオブリビオンのデイドラ!?ドレモラも!
  リンちゃん!外が大変な事になっているでありんす!!」

蜘蛛悟郎の剣幕につられて、リンも窓から外を眺めた。
窓の外に見えたのは、地獄のような光景だった。

戦う術を持たないインペリアルシティ市民に、デイドラが襲い掛かり、ドレモラが剣を振るって殺戮を繰り広げている。

そこへウルフマンとウルフウーマンが駆けつけ、市民を救おうと戦いを始めたところだった。

 

 

 リン(もしかしたら、さっきウルフマン達が来たのは、これを教えるため?
  でも私がウジウジしてたから、何も言わずに・・・)

 蜘蛛悟郎「リンちゃん!
  変身しないのけ!?」

 リン「え?!で、でも・・・今の私が変身してもパワーが・・・」

 蜘蛛悟郎「そんなこといってる場合じゃにゃーよ!
  このままじゃ罪も無い人達がやられてしまうナリ!」

 リン「罪の無い人達・・・そう、だよね。
  私がやらなきゃ。だって、私はまだ・・・正義のヒーローなんだもん。
  ・・・そうだよね蜘蛛悟郎?」

 蜘蛛悟郎「・・・そ、そうでゴンザレス・・・」

リンの問いかけに蜘蛛悟郎は弱弱しく返事をした。

 

 

 

 

スパイダー・リンに変身したリンは、急いで街の外へと出た。

敵を、悪者を探してインペリアルシティを駆け回る。

 

 

思ったよりも手ごわいデイドラやドレモラをほうほうの体で倒すと、とある建物の前で一息ついた。

 スパイダー・リン「ち、力が入らない・・・なんで・・・
  私は何でもできる正義のヒーローじゃなきゃいけないのに、街の中に敵は沢山居るのに・・・
  1体1体に梃子摺ってたら・・・」

スパイダー・リンの気持ちは、まだ沈みこんだままだった。
少し前までは悪者を見つけただけで、なんとかしなきゃならない、という気持ちが湧き上がってきたというのに。

 蜘蛛悟郎「ま、まだ調子が戻ってないんすよ!
  きっとそのうちに前のように戦えるようになるザマス!」

 スパイダー・リン「う、うん・・・
  ここは刑務所だよね?牢屋が沢山ある。
  ここなら敵の沢山居る街の中心から離れてるから・・・っあぁ!!」

スパイダー・リンが突然大声を上げた。

 蜘蛛悟郎「ど、どうしたんや」

 スパイダー・リン「牢屋の中の人を逃がさないと!
  閉じ込められたままじゃ、逃げられないよ!」

 

 

 

建物に入ったスパイダー・リンは、薄暗い通路を抜けて囚人が多数捕まっている牢屋へと足を踏み入れた。

刑務所には常に看守など、インペリアルガードが居る筈であったが、その姿はどこにもない。

奥のインペリアルプリズンには牢屋が密集しており、囚人たちがガヤガヤと話をしていた。スパイダー・リンに気付いた者はまだいない。

50ほど居る囚人の中には、彼女が捕まえた者も多数居た。
自分に気付けば何かを言われるであろうとスパイダー・リンは思ったが、
自分は正義の味方なのだから、と自分を奮い立たせて声を上げた。

 スパイダー・リン「皆さん!聞いてください!」

ガヤガヤと響く声がピタリと止む。

そして、囚人の1人がスパイダー・リンを見つけて言った。

 囚人1「おい!あれ!スパイダー・リンだ!」

 囚人2「おぉ!?・・・お前よく見つけたな、あんな小さいの」

 囚人3「な、何しに来たスパイダー・リン!」

 囚人4「俺はお前に捕まえられたんだ!一生呪ってやる!」

 囚人5「まさか俺たちにトドメを刺しに来たんじゃ・・・!?」

スパイダー・リンの思ったとおり、囚人たちは思い思いの言葉を彼女に浴びせかけた。

 スパイダー・リン「私は皆さんを逃がすために来ました!」

いっそう大きな声を上げてスパイダー・リンが言うと、騒然となった囚人たちは一度静まり返り、そして笑い出した。

 囚人6「はぁ?お前が俺らを逃がす?」

 囚人7「おい聞いたかよ!正義の味方様が逃がしてくれるってよ!」

 囚人8「だったら捕まえるなよ!」

笑い声は、徐々にスパイダー・リンへの避難へとかわった。

 スパイダー・リン「今、インペリアルシティにはデイドラやドレモラが沢山入り込んでいます。
  もう街のいたるところにまで入り込んで・・・
  このままじゃ、ここも危ないんです!」

囚人達の声が今度は悲鳴にかわり、牢屋の鉄格子を揺らす音が響きだした。

 囚人9「なんだって!?冗談じゃないぞ!」

 囚人10「あいつらはオブリビオンゲートの中に居るはずじゃないのかよ!」

 囚人11「お前知らねぇのか!?クヴァッチはデイドラやドレモラの大群に襲われて壊滅したんだぞ!」

クヴァッチ襲撃の話が広まると、囚人達は出してくれ出してくれと鉄格子を揺らし始めた。

そしてスパイダー・リンは囚人達を解き放とうと、牢屋の鍵に向かって必殺のスパイダー・パンチを繰り出した。

この必殺技はあらゆる悪人やモンスターを倒してきた必殺技だ。スパイダー・リンもその威力には自信を持っていた。
しかし、確かにスパイダー・パンチは鍵へと直撃したが、鍵は甲高い音を響かせただけでビクともしない。

 スパイダー・リン「そ、そんな!なんで!?」

 蜘蛛悟郎「こんなにもパワーが落ちていたっちゃか・・・」

スパイダー・リンの必殺技を受けてもビクともしない鍵。
彼女のパワーが落ちている事を知らない囚人達は、インペリアルシティの鍵が最強の鍵であると勘違いし、
自分達は逃げられない、このままデイドラやドレモラに殺されてしまうのだ、と絶望し、声すら出せずに立ち尽くしている。

 囚人12「そんな・・・スパイダー・パンチ一発で俺の盗賊団は全員気絶したんだぜ・・・・?」

 囚人13「俺は・・スパイダー・リンが必殺技でデカい岩を砕くのを見た・・・だが、この鍵は・・・バケモノだ」

 

 

囚人たちが牢屋の鍵への畏怖を感じ、鍵から後ずさったその時。
使われていないはずの牢屋から、誰かの声が響いてきた。

 ???「なんだよここ!牢屋じゃないか!
  こんなところに繋がっていたのかよ」

そちらを振り向くと、牢屋の横に出来た通路から、アルゴニアンの男が出てくるのが見えた。

囚人の1人が言った。

 囚人14「ああ!テメェ!メメリカ盗賊団のオバマ゙!!」

オバマ゙と呼ばれたアルゴニアンは、使われていない牢屋の鍵を楽々と開錠し、通路に出た。
そしてゴホンと咳払いをしてから言った。

 オバマ゙「君は、確か『蚊取り線香設置式の盗賊団』のパン、だったね?
  間違えないで頂きたい。
  我輩は『メメリカ盗賊団のオバマ゙』ではなく、『メメリカ合衆国のオバマ゙大統領』だ」

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